第二話
草原の生える小さな丘の上。
「お、脅かさないでよ。ていうかランチョンマットって……」
呆れ顔でユイナを見つけるウミカ。
「でも、お料理を食べるならそういうのも大事じゃないですか! ……はぁ、折角可愛いのを手に入れたのに……」
「ユイちゃんらしいなぁ……」
ガックリと項垂れるユイナをオトギはポンポンと背中を叩き慰める。
「いやいや、大事かもしれないけど! それより! ほら! 目の前にもっと気にすべき事情があるでしょ! どデカい事情がさ、異世界だよ、異世界!」
シノハははしゃぎながら異世界はどこへやらといったそんな三人に向かって現状の状況をピョンピョンと跳ねながら誇示する。
「そうは言うけれど本当に異世界だっていう確証はあるの? シノハ。もしかしたら集団催眠だなんてことだって……」
「いーや! 異世界だよ! ほら見てバカデカいお城でしょ、あと何か街灯っぽい中に浮かんでる結晶とか、所々よく分かんないのがある! アレ絶対魔法とかで作られたやつだよ!」
大きな城。そしてそこからあちこちから伸びている橋のようなものが街を横断した後、形成されている外壁に繋がりそれに城下の街は囲われていた。そして、家屋といった石造りの建物が所せましと建てられおり、それだけでなく街を横断する橋や水路、塔といったものも見えた。
「うーん……でもにわかには……」
シノハの意見に対しウミカは未だどこか信じられないといった様子で鋭い目を横に捕捉し状況を疑う中。突如、何かに陽の光が遮られたのか周りが影で暗くなり、風が吹き荒れる。そして、四人が咄嗟に上を見上げると同時に鱗に覆われた大きな翼を持つ巨大なトカゲとも言うような生き物がユイナたちの真上を通り過ぎたかと思うと、悠然と空の先へ飛び去っていく。
「……」
「わーー! ドラゴンだよ! アレ、絶対ドラゴンじゃん! テンション爆上がりなんだけど!」
呆然とするウミカとは対照的にシノハはさらに騒がしく腕を振って喜びを体で表現する。
「……なるほど、にわかには信じがたいですが……取り敢えずは……自分たちの置かれた状況を確認するために周辺を調査します!」
「いよっしゃーい! さっすが司令塔、話が早いぜー!」
「まぁまずはそれしかないやろなぁ」
「ちょ、ちょっと本気!? こんな右も左も分からない状況で……」
ユイナの決断にシノハとオトギは乗り気ではあるものの、ウミカは後ろ向きな様子で、そんなウミカをユイナは腹はくくったと言わんばかりに精悍な目つきで見る。
「分からないからこそです。情報が無いと後手に回らずを得ませんし、それに」
ユイナは自分たちの後ろを見る。そこにはここに自分たちが来た時にそのまま着いてきたのかジープが堂々と草原に置かれていた。ジープの中には食べるはずだったサンドイッチの入った箱や、荷物、布に包まれたオトギ愛用の虎徹などが置かれている。
「幸い、物資もありますし、武器も多少は車に予備で積まれてたはずです。もし、危なくなったらジープでそのまま逃げだすことも出来るでしょう! 多分!」
「多分って……」
「せや~、ウチと虎徹ちゃんもおるしそんな心配することあらへんよ。いや~虎徹ちゃん連れて来といてよかったわ」
「さー! そうと決まれば即準備して出発だー!」
「行きましょう!」
意気揚々とジープの方へ歩き出す三人。
「はぁ……心配だわ……」
それに遅れてウミカもとぼとぼと歩き出すのだった。
四人は元々ハンドガンなどといった最低限の装備は身に付けてはいたが、ジープに置かれていた装備一式をさらに装着し、準備万端とジープに乗り込む。
「さぁ! 出発です!」
吹かされたエンジン、ユイナがアクセルを踏むとジープは未知の異世界へと車輪を進めていく。
◇◇◇
「それにしてもガラガラですね……」
ゆっくりと街中の道路を運転しながらユイナは率直な感想を漏らした。
四人を乗せたジープが走る、石造りの街中は閑散としており人っ子一人居ないという状況になっており、それに加えて、
「しかも、なんか近くで見たらあちこち壊れてるっていうかボロくない?」
シノハは辺りをキョロキョロと見ながら呟く。建物は家屋などを中心に崩壊しており、鉢植えなどの雑貨用品などもいくつも壊れており、蔦が生い茂り、植物まみれといった場所もある。
「もうとっくに放棄された町なのかしら……誰も住んでる気配が無いわね」
「こんな大きなとこ、放棄されたとしたら何でなんやろなぁ……ボロい言うても人が居なくなる前でも普通に住めるぐらいにはしっかりしとった感じやで」
「えぇ……戦争が起きたような跡もありません。崩壊も自然的なものに見えます……」
同じくキョロキョロと見まわしながら不審な部分を気にするオトギとウミカとユイナ。オトギは街の店の店頭だったらしきものに注視する。
「……あれショーケースやろか。凄いなぁケースの中の服、まだ綺麗やわぁ」
「えぇ、確かに綺麗です」
恐らくは長年経ってもなおその輝きを残すドレスを眺めるオトギとユイナ。
「ガラスも普通に残ってるのね。汚れで少し見えにくいけど、私たちの時代と遜色ない精度みたいよ。私たちの時代と照らし合わせたら、ガラスの窓もこう、あっても目玉みたいなのがついてるガラスのはずだけれど……」
そして、シノハはウミカの疑問に確信でも持っているかのように答える。
「そりゃあやっぱ魔法の力っしょ!」
「また適当な……。……ほんと変なとこ、まるで揃って夜逃げでもしたみたい……」
四人は疑問を感じながらも街の中をジープで進んでいく。主要な大通りをゆっくりと少しの間進むも、やはりどこにも人の影は見当たらない。道路は城に繋がっているらしく、どんどんと城に近づいていく。ウミカは付近を不安げに見回す。
「うぅ、ほんと不気味だわ。装備も支給のグロックのハンドガン四丁にMPのサブマシンガン二丁、オトギの虎徹、それと少しの手りゅう弾にフラッシュバンだけ……弾もそこそこで頼りないし」
「まぁそこら辺は節約で……って誰かいませんか? あそこ」
運転中、ユイナは人らしきものを見つけたらしく手で指し示す。右斜め前方の暗い小さな路地で動く人影。路地の先は光は届いておらず暗く先は見えない。
ユイナはアクセルを踏むのを止め車を止める。
「なんだ! 誰かいるじゃーん! おーい! ナイストゥーミーチュー! 言葉通じるー?」
「あわわ、待ってくださいシノハ。不用意に近づいては……」
車から降り勢いよく元気に人影に向かって走り、話しかけるシノハ。それをユイナは慌てて車から飛び降り、止めようとする。
そんなシノハに反応したのか人影は速度を上げこちらに近づいてきて───
「ボンジュール! ニーハオ! こんにち……は……」
光にその姿を晒す。ソレは簡潔に言えば人の姿をしてはいなかった。厳密には人の姿の様ではあるがソレはどうも生きている様子には見えなかった。服はほとんど敗れており、肌は変色して大半が腐り落ち、体の部位は所々削れており、よく耳を澄ますと気持ちの悪い呻き声の様なものを上げている。それはまさに動く死体ともいうべき何かで───
「GRRRRRRR!!!」
「ギャーーーーーーーーーーッ!!!」
急に速度を上げシノハへとソレは襲い掛かろうとして、
タン、と銃声音がシノハの悲鳴を遮る。
「!」
ソレの左脚の膝ともいうべき部分が消し飛び、カランという薬莢の落ちる音。肉片が飛び散り、ソレはバランスを崩し勢いよく倒れる。
「シノハちゃん! 乗って!」
刹那の一瞬で射撃をして見せたユイナは硝煙の吹き出るハンドガンを構えながらシノハに車に戻る様に促す。
「りょ、りょーかい!」
シノハが一目散に車に逃げ込むと同時にハンドガンを仕舞い、ユイナも車へ飛び乗る。
「あ、あれって!」
「取り敢えず、ここから離脱します!」
驚くシノハ、急いでユイナは車の方向転換をしようとするが、
「ま、待って! 後ろ!」
「え?」
呼び止め、後方を指差すウミカ。指の指し示す通り三人が後ろを見ると、そこには先程と同じような動き回る死体が後ろの道からいくつもこちらへ向かってのそのそと向かって来ていた。
「あ、あわわ」
「ど、ど~なってるん?」
「ど、どうするの、ユイナ!」
「! ……このまま進みます!」
ウミカに問われ真っ直ぐ進むことを宣言するユイナ。アクセルを押し込み、車を勢いよく発進させる。進路は巨大な城の方角。のたうち回るソレを見送り、車は速度を上げていく。
「こ、これってヤバイ状況!?」
「っていうかここらになんかさっきのやつ集まってきてない!?」
あっという間に過ぎ去っていく街並み、だが、その街並みをよくよく見ると、先程の様な動く死体がこちらへ向かって来ているのが分る。
「あ、あれって、ゾンビじゃん! 間違いないよ! アレ絶対ゾンビだって!」
冷や汗をたらしながら通り過ぎる動く死体を指差していくシノハ。
「そ、それぐらい私にも分かるわよ……っていうかゾンビってなんで」
「この街の住人の人が成ったんだよ! 間違いないよ! 別に魔法と剣の世界じゃそういうモンスターだっているし! 理由は分かんないけど皆死んでソンビになったんだよ!」
「ま、まだここが異世界だって断定できたわけじゃ……」
「……な~」
「な、何よ、オトギ」
慌てふためくシノハとウミカ。それを遮るようにオトギはシノハの服を引く。
「ウチはそういうのよー分からんけど……アレもゾンビなん?」
「「え?」」
後ろを見ていたオトギによって再び指差される後方、ゴクリと、生唾を飲み込みながら再び二人は後ろを見る。そこには通路の角の先からゾンビがまるでミンチのように引っ付きながらまるでそういう一種のワームかのようにゾンビで出来た一本の触手ともいうべきその終端の見えない何かがこちらに向かって蠢きながら向かってくる光景が見えた。
「「ギャーーーーーーーーーーッ!!!」」
「!」
叫ぶ二人、ユイナもバックミラーでその光景を見ながら歯噛みする。体高は四、五メートルほどの大きさを持つゾンビの煮凝りの様なそれは着実にこちらにのたうち回り蠢きながら向かってくる。
「オトギちゃん! お願いします!」
「! おおきに、任せとき~」
ユイナの命令、内容を察したオトギはいつも通りのゆるい返答を返しつつも、それとは正反対の機敏な動きで持っていた長物の包まれた布を解く。中から現れたそれは遠距離を攻撃することを目的とした狙撃用の銃、即ちスナイパーライフルとも言われる布が巻きつけられたデネルNTW───
「やるで~虎徹ちゃん」
弾を瞬時に装填し懐からイヤーマフを着けると車の上で器用に発射体制に入るオトギ。シノハは持ってきたリュックからユイナに無造作に一つだけイヤーマフを着けると耳を塞ぎ、ウミカも耳を塞ぐ。
僅かな静寂の後、オトギによって引かれる引き金。それにより銃に装填された弾は爆音と共に敵に向かって発射される。反動で軋む車体。舞うオトギの切り揃えれらた長い黒髪。弾は真っ直ぐゾンビの塊に向かって飛んでいき、その前面を容赦なく木っ端みじんに消し飛ばす。
大きく前面が削がれたゾンビの塊、進行するスピードもガクンと落ちる。その光景にウミカとシノハは顔を合わせる。
「「やった!」」
イヤーマフを外しながら親指を立ててグーとハンドサインを作るオトギ。シノハはユイナのイヤーマフを外しながら結果を伝える。
「当たった! 動き遅くなってる!」
「その様ですね! では、これから目の前のお城に突っ込みます!」
「え」
目と鼻の先程に近づいた城。近づいたことでより実感するその見上げるのにも苦労しそうなほど、異様な大きさの城。その周囲はぐるりと舗道された地面から下へと降る階段へと繋がりその中心に城があった。階段の先、城の中へと続くであろう開いている門の数々のその一つ。そこへ、唸りを上げ、跳躍し階段を下っていく一行。車はガタガタと激しく揺れながら滑り落ちるように、真っ直ぐ門へと向かって走っていく。
「あばばばばば……あ、み、見てゾンビ! 城の敷地に入ろうとして何かに阻まれて入って、こ来れないみたい!」
揺れながらシノハは、階段の上で城へ近づこうとして見えない何かに阻まれ近づけていないゾンビを見つけ、指差す。
「お、お、ほんとや、やや、なぁぁぁ」
「じゃ、じゃあアレも入ってこれないってこと、よ、よよね。理屈ははは、分からないけど、ふ、ふぅ……な、何とかなったじゃない、い」
長い階段を駆け下り、ブオンと音を響かせ跳躍する車、勢いのままそのまま開いていた門に突っ込んでいく。
そのまま門を越え城の中に入るとそこは緑が茂る中庭らしき場所の様で、
「あ、す、すいません。止まれません! このままぶつかります!」
「「嘘ーっ!」」
車はグルグルと周り、ガタン、と跳ねると、側面が下に向きながら回っていき、ドカン! と中庭の奥の壁に勢いよくぶつかって止まるのだった。
「お、おぇ~~~」
「う~~~」
「は、吐きそう……」
横になった車体からいち早く降り、ふらふらと歩き出すシノハ。オトギとウミカもふらふらと車から抜け出し、横になる。ユイナもまた車から抜け出し、仰向けになると、
「全員、無事にゾンビの群れ? から生還……取り敢えず作戦は成功……ですね……」
そんなことを言い、
「そうだけど、釈然としないわ……ウプ」
と、口を手で覆いながら、ウミカはそんなぼやきを漏らすのだった。




