始まりはそんな日常から
────そう、事の始まりは兎角、暇だったことだった。
今とは異なる歴史、少し遠い未来のニホン。とある都市の郊外。爆撃や市街地戦の傷跡が残る街。未舗装の道路を進んだ先に辿り着く有刺鉄線とコンクリートの壁の向こう。装飾の一つもない無骨に佇む大きな何かの施設と思しき建物。その一室では大きな窓を覆うカーテンの隙間から欠伸を誘うような緩やかな風が吹き、暖かな陽光が部屋に差し込んでいた。
鉢植えに漫画。寝袋にハンモックから、どこからか拾って来たようなカラフルな装飾といった様々な物が雑多に置かれアンバランスさがこれでもかと言う程際立つそんな部屋。その中央には物静かに、そして、自堕落に寝そべる三人の少女が居た。窓の外からざわめく木々の音と鳥の声が部屋に入り込む中。
「これではいけませんね……」
そう言って、少女の一人が長い髪を垂らし、むくりと起き上がる。
「いけないって何がさー? ユイナさんやー」
起き上がったユイナへ、もう一人の少女が結ばれたツインテの片方を潰しながら、彼女の方へ寝返りを打ちつつ間延びした声で尋ねた。
「シノハちゃん、こんなにぐうたらしていてはついには部屋に根を張ってしまい、一生をここで過ごす羽目になるやもしれません」
「わたーしはーそれでもいいけどー」
ゴロゴロと転がりながらシノハが答える。
「駄目ですよシノハちゃん。健全な肉体は健全な精神から、一応は軍人なんですから。気分転換になるような何かを……とはいえ、やることが無さすぎます。うーん、また、武器の手入れでもしましょうか……」
「またー? それ昨日倉庫で皆でやったじゃーん、だらけようよー」
シノハは心底めんどくさそうに抗議の声を上げると、大の字に手足を広げた。
「ウチはそれでもええけどなー。虎徹ちゃんとー皆のお手入れ」
そして、更にもう一人の横たわっている少女が天井のぐるぐると回るシーリングファンをおっとりとした目で眺めつつ、ユイナの意見へ賛同する。
「いや、オトギは良いかもだけど」
オトギは、ゆるりと起き上がると、背を伸ばす。
「戻ったわよー」
リュックを持った、切れ長の目の少女が部屋の中へ入ってくる。
「ウミカちゃん、お帰りなさい。どうでしたか?」
「直りそうー? 町の電線」
ユイナに続き、シノハが座りながら、身を乗り出し尋ねる。
「皆で見たけど、無理ね。ただでさえボロボロで老朽化してたのが前の大雨がトドメで完全に逝ったみたい。流石に新しいのと変えないと」
「あー、やっぱ。新しいのっても、こんなトコじゃなー。そもそも物資が来んのもまだ先でしょ?」
そう言い、シノハはカーテンを開け、景色を眺める。施設は少し小高い場所に建てられており部屋は二階の為、辺りの景色を一望できる。荒れた地面に生え始めた草花の緑に何かの機会の残骸。道路を辿り、奥に視線を向けると瓦礫や崩れた家がいくつも点在する町が見える。
「まぁね。気長に待つしかないわ……そういえば他の部隊の子から紅茶貰ったの、後でみんなで飲まない?」
ウミカはリュックから茶葉の入った紙箱を取り出し、部屋の棚に置く。
「紅茶! いいですね!」
目を輝かせるユイナ。
「飲むけどさー、やっぱ暇だよー。漫画もこの間見つけた異世界ラノベも読み切ったし」
「自主訓練でもしたらいいじゃない」
「それはもっとやだ」
提案しながら腰を下ろすウミカ。シノハは窓から戻ると、提案を突っぱね、再びだらけ始める。
「お疲れやったなぁ、ウミちゃん。他に町はどうやった?」
「特には。これといって、いたって普通」
「あそこもはよ元通りになるとええけどなぁ」
オトギは開いたカーテンの先から遠い町を眺める。部屋からでも動く車や露店や動いている人々が確認できた。
「でもさ、そういうのってやっぱ公共事業っていうか国とか軍の仕事じゃん? 一々、私たちが出張らなくてもいいんじゃない」
「確かにそうかもしれませんが、まだどこも復興の中ですから。手も回らないこともあるでしょう。こういうことはお互い助け合いですよシノハちゃん」
「そうよ、それに、言ってたでしょ委員長も。こういうのはイメージの改善や民衆の評価に繋がって私たちにもいいことずくめだって」
ユイナとウミカの返答にシノハは口を尖らせる。
「むー」
痛いところを付かれたところによるウミカに対する反抗か、ボディランゲージでの訴えか、シノハは縋るように抱き着く。
「って、こら。離しなさいな」
だる絡みをするシノハをウミカは振りほどこうとするも、しつこくシノハは纏わり続ける。
「そういえば、この前の熊が出てきたパトロール、虎徹ちゃんが大活躍でお肉も食べれていいことずくめやったなぁ。ああいうのがあるならもっとええねんけど」
「えぇ、熊は美味しかったですね、特にロースが……」
そして、それを他所にオトギの話に触発されユイナがジビエの味を思い出し口元を緩ませていると、コンコンと扉が叩かれた。
「はーい!」
ユイナの快活な返答でガチャリとドアが開く。そこにいるのはユイナたちと似たような学生服に似た作りの装いの少女。ただしユイナたちとは違い、その上からアーマーや手袋、そして腰に巻かれたホルダーに入ったハンドガンといった物々しい装備を身に着けている。
「おーっす、キャロルの皆いるー?」
装備を付けた少女は片手をひらひらと動かしラフに挨拶する。
シノハは同じくだる絡みをしながら手をひらひらとさせた。
「おーマツリー。どしたの?」
「委員長からの伝言。前々から言っている通り、一週間後の式典はしっかり見た目を整えて出るようにってー」
「ふふ、ほんと心配性やねぇ」
「っていうか、言われなくても分かってるしー。まったくアイツ、ホント私たち信用してないよねー」
「私たちっていうか、主に一人な気もするけれど……」
笑うオトギ。そして、抱き着きながら不満を漏らすシノハをウミカは半眼で見据える。
「なるほど、オッケーです。私、ユイナ、並びにキャロル一同、了解したと伝えてください、マツリちゃん」
「りょーかい。それじゃ私たち、これからパトロールだから、じゃねー」
用事は終わったらしく、マツリはまた手をひらひらと動かし、パタリとドアを閉める。シノハは飽きたのか、ウミカに絡むのを止めると、改めて座り直す。
「はー、一週間後ねー。そーいえば、マツリたちって何か軍と共同して作業してなかったっけ。終わったん?」
「えぇ。確か向こうの丘の地雷の撤去作業だったかしら」
「あそこら辺、まだ自然も残っとったし、眺めも綺麗そうやったし、戦場ならんくて良かったなぁ」
「は、それです!」
オトギの言葉を受け、何かを閃いたらしいユイナは勢いよく立ち上がる。
「どしたのさ、ユイナ」
「ピクニックですよ、シノハちゃん! 二人共!」
「ピクニックって、あの?」
首を傾げるシノハに目を爛々と輝かせながらユイナは答える。
「はい。気分を変えるために明日は丘にピクニックに行きましょう! 料理や遊び道具も持って!」
「ピクニックかー。ま、それもいいかも!」
「せやねぇ、楽しそうで」
ユイナの提案に賛成の意志を示すシノハとオトギ。
「そうね、いいと思うわ。でも、料理ってどうするの? 配給された物を持っていくの? 買うの?」
ウミカの疑問にユイナは待ってましたと言わんばかりに得意げに鼻を鳴らす。
「それに関しては考えがあります。朝一番にサンドイッチを皆で作りましょう。パンやバターに相当する物が食料庫にあったはずですし、肉の缶詰もまだある。野菜も農家さんから貰ったレタスが!」
「おーいいねー。何しようかなー、何かあったっけ、倉庫」
「確か、バトミントンがあったような……」
「とはいえ、準備もしっかりしないと。トラブルは御免だもの。ジープって借りれたかしら、オトギ」
「いけるんやない? パトロール以外やることなくて別で余らせとるし。言えば借りれると思うでー」
「えぇ、準備をしっかり確認して、明日はしっかりトラブルなく楽しいピクニックです!」
そうして、ユイナの宣言からピクニックの為の準備で四人の一日は過ぎていく。
然して、想定外は起きるもの。その日は誓いとは裏腹にユイナにとってはいくつもの想定外が起きたトラブルだらけの一日だった。




