第一話
────そう、事の始まりは兎角、暇だったことだった。
とあるニホンの都市から離れた郊外にある有刺鉄線のバリケードの先に、佇む寂れた大きなコンクリートで打ち立てられた施設。大きな窓のカーテンの隙間から暖かな陽光が覗き、欠伸を誘うような緩やかな風が吹く一室。
鉢植えに漫画。寝袋にハンモックから、どこからか拾って来たようなカラフルな装飾が雑多に置かれアンバランスさがこれでもかと言う程際立つ、そんな部屋の中央に寝そべる三人の少女が居た。
窓の外から聞こえる木々のざわめく音と鳥の声だけが部屋に鳴り、自然音が空間を支配している中。
「これではいけませんね……」
そう言うと、少女たちの寝転がり同盟から一足お先と言わんばかりに長く煌めく髪を靡かせ少女はむくりと起き上がる。
「いけないって何がさー? ユイナさんやー」
せっかく結んだツインテの片方を潰しながら、少女がユイナの方へ寝返りを打ちながら間延びした声で気怠そうに尋ねる。
「シノハちゃん、こんなにぐうたらしていてはついには部屋に根を張ってしまい、一生をここで過ごす羽目になるやもしれません」
「わたーしはーそれでもいいけどー」
ゴロゴロと転がりながらシノハが答える。
「駄目ですよシノハちゃん。健全な肉体は健全な精神からです。気分転換になるような何かを……とはいえ、やることが無さすぎます。うーん、また、武器の手入れでもしましょうか……」
「またー? それ昨日倉庫で皆でやったじゃーん、だらけようよー」
ガバッと起き上がりシノハは心底めんどくさそうに抗議の声を上げると、また大の字のに寝転がり始める。
「ウチはそれでもええけどなー。虎徹ちゃんと、皆のお手入れ」
寝そべりながらもう一人の少女は、涼やかに横たわりながら天井のぐるぐると回るシーリングファンをおっとりとした目でまったりと眺めつつ、ユイナの意見に賛成する。
「えー。……はー、せめてケーブルさえ直ればネットできるのにー。……じゃあさ、スピードしよスピード。オトギにずっと負けっぱだし、いい加減、私が勝つ時っしょ! ほら、ユイナも」
もう一度起き上がると、そんな提案をするシノハ。
「ふふ、まぁーそれでもええけど」
オトギはそう言いながら、ゆるりと起き上がると背を伸ばす。
「んー、やっぱ動かんと体凝るなぁ」
「むートランプですか」
ユイナが顎に手を当て考えていると、ドアノブがガチャリと音を鳴らし、部屋の扉が開かれる。
「戻ったわよー」
そう言いながら、リュックを持った少女が部屋の中に入ってきた。
「ウミカちゃん、お帰りなさい、どうでした?」
「直りそうだったー? 町の電線」
ユイナに続き、シノハが座りながら、身を乗り出し尋ねる。
「皆で見たけど、無理ね。ただでさえボロボロで老朽化してたのが前の大雨がトドメで完全に逝ったみたい。流石に新しいのと変えないと」
「あー、やっぱ。通信線はあっちの方から来てんのになー。新しいのっても、こんなトコじゃいつになるかね。そもそも物資が来んのもまだ先でしょ?」
そう言い、シノハはカーテンを開け、景色を眺める。施設は少し小高い場所に建てられており部屋は二階の為、辺りの景色を一望できる。荒れた地面に生え始めた草花の緑に何かの機会の残骸。近くの穴の開いた道路を辿り、奥に視線を向けると崩れた部分がいくつもの残る住宅街が並んでいる。
「まぁね。でもこれからは、徐々にそういう物流も回復してくでしょうから。気長に待ちましょ……そういえば他の部隊の子から紅茶貰ったの、後でみんなで飲まない?」
ウミカはリュックから茶葉の入った紙箱を取り出し、部屋の棚に置く。
「紅茶! いいですね!」
目を輝かせるユイナ。
「飲むけどさー、やっぱ暇だよー。漫画もこの間見つけた異世界ラノベも読み切ったし」
「自主訓練でもしたらいいじゃない」
「それはもっとやだ」
提案しながら腰を下ろすウミカ。シノハは窓から戻ると、提案を突っぱね、再びだらけ始める。
「ふふ、お疲れ様ーウミちゃん。他に町はどうやった?」
「特には。これといって、いたって普通だったわ」
「それは何より、あそこもはよ元通りになるとええけどなぁ」
オトギは開いたカーテンの先から遠い町を眺める。部屋からでも動く車や露店や動いている人々が確認でき、確かな人の賑わいと活力を町からは感じるものの、どこか寂しさの様なものもまたそこには残っていた。
「でもさ、そういうのってやっぱ公共事業っていうか国とか軍の仕事じゃん? 一々、私たちが出張らなくてもいいんじゃない」
「確かにそうかもしれませんが、まだどこも復興の中ですから。手も回らないこともあるでしょう。こういうことはお互い助け合いですよシノハちゃん」
「そうよ、それに言ってたでしょ委員長も。こういうのはイメージの改善や民衆の評価に繋がって私たちにもいいことずくめだって」
ユイナとウミカの返答にシノハは口を尖らせる。
「まぁ、それは納得するけどさー。だからって、朝昼晩軍用ジープで見回りしなくたっていいでしょー。ちゃんと国の軍の方もここら辺の空も海も含めて警備してるってのにー」
「過剰っていうのも分かるけれど、別にそれでもいいんじゃないかしら、減るものじゃないし。どうせ待機だけでやることないんだもの」
「むー」
痛いところを付かれたところによるウミカに対する反抗か、ボディランゲージでの訴えか、シノハは縋るように抱き着く。
「って、こら。離しなさいな」
だる絡みをするシノハをウミカは振りほどこうとするが、しつこくシノハは纏わりつく。
「そういえば、この前の熊が出てきたパトロール、虎徹ちゃんが大活躍でお肉も食べれていいことずくめやったなぁ。ああいうのがあるならもっとええねんけど」
「えぇ、熊は美味しかったですね、特にロースが……」
そして、それを他所にオトギの話に触発されユイナがジビエの味を思い出し口元をほころばせていると、コンコンと扉が叩かれる。
「はーい!」
ユイナの快活な返答でガチャリとドアが開く。そこにいるのはユイナたちと同じ学生服の様な作りの装いの少女。ただしユイナたちとは違い、その上からアーマーや手袋、そして腰に巻かれたホルダーに入ったハンドガンといった物々しい装備を身に着けている。
「おーっす、キャロルの皆いるー?」
装備を付けた少女は片手をひらひらと動かしラフに挨拶する。
シノハは同じくだる絡みをしながら手をひらひらとさせた。
「おーマツリー。どしたの?」
「委員長からの伝言。前々から言っている通り、一週間後の式典はしっかり見た目を整えて出るようにってー」
「ふふ、あの人も心配性やねぇ。よっぽど世間体の評価に入れ込んどるみたいやなぁ」
「っていうか、言われなくても分かってるしー。まったくあの委員長、ホント私たち信用してないよねー」
「私たちっていうか、主に一人な気もするけれど……」
笑うオトギ。そして、抱き着きながら不満を漏らすシノハをウミカは半眼で見据える。
「なるほど、オッケーです。私、ユイナ、並びにキャロル一同、了解したと伝えてください、マツリちゃん」
「りょーかい。それじゃ私たち、これからパトロールだから、じゃねー」
用事は終わったらしく、マツリはまた手をひらひらと動かし、パタリとドアを閉める。シノハは飽きたのか、ウミカに絡むのを止めると、改めて座り直す。
「はー、一週間後ねー。そーいえば、マツリたちって何か軍と共同して作業してなかったっけ。終わったん?」
「えぇ。確か向こうの丘の地雷の撤去作業だったかしら」
「あそこら辺、まだ自然も残っとったし、眺めも綺麗そうやったし、戦場ならんくて良かったなぁ」
「は、それです!」
オトギの言葉を受け、何かを閃いたらしいユイナは勢いよく立ち上がる。
「どしたのさ、ユイナ」
「ピクニックですよ、シノハちゃん! 二人共!」
「ピクニックって、あの?」
首を傾げるシノハに目を爛々と輝かせながらユイナは答える。
「はい。気分を変えるために明日は丘にピクニックに行きましょう! 料理や遊び道具も持って!」
「ピクニックかー。ま、それもいいかも!」
「せやねぇ、楽しそうで」
シノハとオトギはユイナの提案に賛成の意志を示す。
「そうね、いいと思うわ。でも、料理ってどうするの? 配給された物を持っていくの? 買うの?」
ウミカの疑問にユイナは待ってましたと言わんばかりに得意げに鼻を鳴らす。
「それに関しては考えがあります。朝一番にサンドイッチを皆で作りましょう。パンとバター、肉の缶詰はまだありましたし、野菜もレタスがあったはずです」
「おーいいねー。何しようかなー、何かあったっけ、倉庫」
「確か、バトミントンがあったような……」
「とはいえ、準備もしっかりしないと。トラブルは御免だもの。ジープって借りれたかしら、オトギ」
「いけるんやない? パトロール以外やることなくて別で余らせとるし。言えば借りれると思うでー」
「えぇ、準備をしっかり確認して、明日はしっかりトラブルなく楽しいピクニックです!」
そうして、ユイナの宣言からピクニックの為の準備で四人の一日は過ぎていくのだった。
然して、想定外は起きるもの。
その日は誓いとは裏腹にユイナにとってはいくつもの想定外が起きたトラブルだらけの一日だった。
想定外の一つは、皆で朝早くからジープを走らせピクニックへと出かけたはいいものの、丘の周辺の霧が想定よりもかなり濃かったこと。
立ち往生し、進路を確認し地図を眺める一同。そして────
「「「「!?」」」」
突如、車を包み込むような光が下から差す。一行が地面を見ると、そこには魔方陣ともいうべき不可思議な紋様が地面から辺りを覆うように映し出されていた。紋様はさらに強く輝き、光は増す。
「み、皆さん! 防御態勢を……」
ユイナの声をかき消すように光は全てを包み込み、一行は意識を失い────
◇◇◇
「起きてください! シノハちゃん……起きてってば~!」
「うぅ……まだ食べれるぜ、私は……むにゃ……うへって、ユイナぁ? ……もう、朝~?」
「寝ぼけてないで起きてください! もう昼です、いえ、厳密にはどうなんでしょう……ってそうじゃなくて! 大変なんです! 周りを見てください!」
ユイナはシノハを揺らしながら深刻そうに呼びかける。激しく体を振られ寝ぼけ眼のシノハも徐々に覚醒していく。
「う~ん、どうしたってのさ確かキャンプ行くんだっけ……ん? いや、確か、行ったんだっけ、それで……」
記憶を頼りながらシノハは身体を起こす。そして、シノハは違和感を覚える。体を起こすために地面に伸ばした手の感触が明らかに人工物ではない草と地面の感覚だったから。
「ん……」
重い瞼を開き、視界の照準を合わせる。そして、シノハは目の前の光景を認識する。
「え……」
「ふぁぁ……どうしたん? 二人共ぉ……」
「うぅん……あれ、私寝ちゃってたの……キャンプ、着いたんだっけ……」
二人の傍で寝ていたオトギとシノハも二人のやり取りで目を覚ます。
そして、
「あ、あれ~?」
「う、嘘!?」
シノハ同様、驚きの声を漏らす。
四人の目に映るのはどこまでも高く澄んだ青い空。そしてその下に広がる昔のヨーロッパの街の造りを思わせる石造りの大きな街並み。大きな城の様なモノ。そして街の端にある外壁らしきものを越えた先に見える青く霞む地平の先の山脈。
どうやら今は街の中にある小高い丘の上にいるらしく、周りのどこを見返してもその光景が広がっている。
「こ、これって……」
「うぅぅ……目が覚めた時にはもうこれで……」
一足先に目覚めたらしいユイナは何が何やらといった様子で項垂れる。同じく状況が呑み込めず困惑するオトギとウミカ。そして、シノハも同様驚きつつも、一人だけ違う反応を示す。わなわなと震えながら頬を紅潮させると。
「シ、シノハ?」
ガバッと立ち上がり、行動に驚くウミカを他所に自身の心の高鳴りのままに叫ぶのだった。
「い、異世界転移だーーーーーーっ!!!!」
そう、ユイナの想定外のもう一つは異世界へとやってきてしまったこと。
「そういえばシノちゃんが読んでるのにそう言うのあったなぁ……」
「異世界、ですか……」
「いや、ちょ、ちょっと待ってよ流石にそれは現実離れし過ぎ……」
シノハの言葉にそれぞれの反応を示す、オトギとユイナとウミカ。
「あ」
「ど、どうしたのユイナ……」
何かに気づいたらしいユイナに過敏に反応するウミカ。
そんなウミカへ、ユイナは深刻そうに彼女の方を向き、
想定外の後一つ────
「ラ、ランチョンマットを……忘れてしまいました……!」
そんなことを告げるのだった。




