41 友情の名の下に
「誰がいるのかしら?」
私は、勝手に盗み見をしたら悪い気持ちになるが、思わずあっと言いそうになり、口を抑える。
クルトとアンジェリカ様じゃないの!
クルトはモジモジしながら、アンジェリカに何かを話している。
これは、両思いイベントなのよね。
喧嘩別れイベントじゃないのよね。
私は窓から目だけ出し、クルデラは何しているの?と首をかしげつつ、私の真似をして二人で、じーっと成り行きを見届ける。
「声聞こえないじゃん、魔法で姿消そうか?全てを、二人の真横で見られるよ」
クルデラなりの配慮のない提案にがっくし。
やはり、恋心やその過程のドキドキはクルデラには伝わらないか。
「聞こえなくていいの!祈ってあげるだけでいいのよ。二人が幸せな選択が出来ますようにってね」
「そうなの?ねえ、なんであの二人、もじもじしてるの?後ろから蹴飛ばしてあげたら?そしたら、きっとハグすることになって、チューして、なし崩し的にやるよ。」
「やめなさい。そう言う発言は!こういうのは、勇気を振り絞って、相手の気持ちを確認して、お互いが同じ思いだと認識して、そこからやっと手を繋いで、そして......」
「ああ、チューしてる。わからないけど良かったんだね?」
あああああっ!せっかくの盗み見の醍醐味が...
クルデラに説教してたら勝手にカップルになってる!
わたしは、あわあわと窓ガラスに張り付く。
「ああ、良かった。良かったけど、モジモジしていた後の過程が見えなかったじゃん!」
クルトは、なんだかんだいって素直な子だ。
それ故に、わたしを突き飛ばしたり、嫌悪感をあらわにして洗脳されちゃったけど...
これからは、恐妻アンジェリカ様がクルトの主人になってくれるわね。
仲良く二人が去っていく姿をそっと見送る。
「あれ?また来たね。本当にこの木の下に集まるんだね。わざわざ木の下に来なくても、人がいないところはたくさんあるのに.......」
「ロマンよ。ゴミ捨て場の前とかトイレの前とかだったら、臭い思い出に変わるじゃないの」
クルデラが、呆れたように話すそばで、さらりと訂正する。
「トーマスとリリーね。ここは、安定ね」
私と同じように召喚されたリリーは、ここで一人じゃない、支えてくれるトーマスと一緒になる。
二人は、クルトたちとは異なり、お互い駆け寄りすぐいちゃつき始めた。
このラブラブムンムンな空気を見て、
「確かにこの二人はわざわざ木の下じゃなくてもいいわね。」
とクルデラに苦笑いする。
クルデラも「でしょ」と私に同意を求める。
「でも、これがリリーが病床で夢見ていたリアルな世界のエンディングなのよね。
あっちの世界では叶わなかったかもしれないけど、トーマスは困ったぐらい純情だもの。きっと、リリーが夢見た世界をこれからも実現してくれるわね」
私はトーマスとリリーが去っていく背中に、勝手に一人でバイバイをする。
どうせ、リリーが魔術師団に来るなら、卒業後も彼らとは顔を合わせるだろう。
その後も、いろんなカップルが目の前でどんどん誕生していく。
「テンプレは破壊されても、結局、カップル成立ばかりね」
学園の大きな木の下で、卒業の日にカップルが成立するテンプレは変わらない。
良いことだわ。
わたしはにんまりクルデラに微笑むが、クルデラの表情がこわばり、私の袖をぎゅっと掴む。
「どうしたの?クルデラ?」
クルデラは、不安そうにわたしを見て、しょぼんと肩を落とす。
「アーサー王子が......います。キャサリン......をきっと...待ってる」
その言い方は、どこか引っかかるような......引っ張る袖の力からも何かに不安があるのがわかる。
私はその不安を解消してやろうと微笑んだ。
「ええっ!違うと思うわよ。アーサーとはお別れの話をしたし、マグナカルタからも婚約解消の話はもう伝えてもらっているし。この学園を卒業したら発表予定なのよ」
この後は、アーサーは王宮で成人の儀があり、社交界での活動も本格化すると聞いている。
「もしかしたら、もうお相手の候補の人がいるのかもしれないわね」
妻となる人と、ロマンチックな実績を作って、結婚の時に「ここで一目惚れをしました」という理由づけをするのはよくあることだ。
だが──
30分が経過した。
アーサーはずっと、立っている。
「ほら...まだいるよ。帰らない」
クルデラは不満げにじっと私の袖を離さない。
更に1時間──
変わらず立っている。
「キャサリンだよ。やっぱり。」
クルデラの声に流石に私も焦り出す。
えっ?アーサー誰を待ってるの?
まさか......本当に...わたし?
卒業式が終わってから時間が経ち、生徒はもうほぼ帰ってしまった。
「キャサリンをやっぱり待ってるんだよ。だって、アーサーはキャサリンの婚約者なんだし......その、邪魔はしないけど......」
クルデラは、勇気を振り絞るように私をみて告げる。
「でも......アーサー王子と一緒になっても......帰ってきて...よね」
袖を掴んだまま、真面目に、不安そうにそう言うクルデラに思わず噴き出す。
他の男と両思いになった後に、ちゃんと自分の元に戻ってきてって、なんなんだか?
クルデラの頭をポンポンと叩いて、私はその場で窓を開けた。
「アーサー、誰待ってるの?」
わざと大きな声をかけてみる。アーサーの目が見開き、ドキッとしたような顔つきで、教室にいる私を見つめてきた。
「誰って?君しかいないだろう。君はまだ、俺の婚約者なんだから。」
アーサーは、呆れたような声で腰に手を当てて私に向かって声をかける。
「アーサー、それなら、『婚約者だから』じゃなくて、『やっぱり最後に君に一目会いたかった』とか、『やっぱり君が僕の真実の愛だ!』とか言ってほしいわね。
まだ婚約者だから...なんて、ここにいるクルデラと同じぐらい乙女心がわかってなくてよ」
ひょこっとクルデラは決まり悪そうに顔を覗かせる。
その瞬間、アーサーの顔が歪んだ。
「クルデラと一緒になるのか?」
私は、どう答えようか迷う。
ここで、一緒になるとクルデラには伝えたくない。
何を言い出すかわからないからね。
私は息を吐いて、窓からアーサーをただ見つめた。
アーサーには分かったらしい。
「卒業式でこの木の下で出会えば、両思いだってリリーは言っていたよな」
アーサーは、その大きな木の幹を手で軽く叩く。
「言ってたし、カップルがたくさん成立してたわよ。今回はパターンを壊してないですからね。人様の夢を壊すことはしないわよ」
「じゃあ、こうやって卒業式の日に木で出会った俺たちは、カップルとして成立するのか?」
「しないわ。私は木の下にいないでしょ。あなたの婚約者のキャサリンは、もうこの世界にはいない。
代わりにやってきた私は、キャサリンではないのよ」
わたしは、微笑んでお互いの関係は成就しないことを告げたが、アーサーから鋭い目を向けられる。
「分かっている。でも、この間の話は一方的だろ。俺はこのまま君と別れるのは...」
「アーサー、あなたは王になるのよね。だったら、まるで物語に語り継がれるような真実の愛を見つけて、幸せに生きて、幸せな国を築いてちょうだい。
これからは、どんなパターンが来るかは私もリリーも知らないわ。でも、王様が幸せじゃないと、きっとこの国も幸せじゃないわ。私も約束する。必ずこの国で幸せになるわ」
わたしはふっと微笑んだ。
そして、クルデラの襟根っこを掴む。
「だから、まずは手始めに、こいつが悪いことをしないように、こいつを幸せにするわ」
「な、なんで!なんでキャサリンが幸せになるのに、俺が悪いことをせず幸せになることと関係があるのですか?」
突然襟を掴まれ、アーサーに見せるようにブンブン振られたクルデラは苦しそうに困惑している。
それを見てアーサーは、眩しいものを見るように目を細めて、ぷっと笑った。
「魔術師団長すらそんな目に遭うのか。じゃあ、俺が、キャサリンとの騒動に巻き込んだ君に申し訳ないから、予定通り婚約を解消せずなんとか結婚を...というのは無理だな。」
かつての色のない何かに取り憑かれたかのようなクルデラよりは、少し色を取り戻し、人間らしくあたふたする姿は、アーサーの意表をついたようだ。
アーサーは、一度、大きなため息をついて、もう一度今度は迷いなく私に笑顔を見せた。
「キャサリン、約束だ。お互い、俺たちの友情の名の下に、それぞれ幸せになることを誓おう」
私も大きく頷き、手を振る。
「ええ。少しの期間だったけど楽しかったわよ、アーサー」
アーサーは切なそうな笑顔で手を振り返した。
そして、静かに去っていくアーサーの背中をそっと見送った。
「アーサー、どうか幸せに。そして良い王になってね。間違えても初代聖女を作り上げたような王にならないように...」
私はそう呟く。
だが──
そして姿が見えなくなった時、クルデラの様子に異変を感じた。
「あれ?クルデラ、首根っこを掴みすぎた?クルデラ?」
返事がなく、膝を床につけたまま下を見てうずくまっている。
「.......なんで」
地の底から響くような低いしゃがれた声──
「……なんで、王子を誑かさないの? 」
「えっ!」
「なんで、あの男の血を幸せに導くのよ……ッ!!」
クルデラの口から、男とも女ともつかないしゃがれ声が続き、そして、落ちる眼帯と色のない片方の目──
その目に色はなく、何百年と時が経っても消えない初代聖女の怨念に近いどろっと煮詰められたものがそこに見える。
しまった!
首根っこ振りすぎて、眼帯がずれた!
「初代聖女.....あんた.....クルデラ!しっかりしなさい!戻ってきなさいよ!!」
私はクルデラに大声で叫ぶ。
王の血族のアーサーが私から離れ、幸せになる宣言をクルデラの目を通じて初代聖女の怨念が見てしまった。
「地雷踏んだわね......」
私は、再び、クルデラの中にある初代聖女の最後の足掻きが発動してしまったことを感じ取ったのだった。




