40 大きな木の下で
クルデラと愛を乞わせて結婚しろ──
そう言われて、「はい」と頷いたものの......
「愛」を仮に理解しても、不要と言いそうだよね。
私は揺れる帰りの馬車から、外を流れる景色をぼんやり見つめる。
この国は、前の世界よりも魔力や魔法があり、一定の貴族階級には便利な国だが、その分庶民の生活は良いとは言えない。
道も悪いし、通りかかる庶民の服装は汚れて汚い。
歩く人や見たことがない動物を引っ張る人が大半で、自転車や自動車は見られない。
リリーは衣食住は保証されているが、こういった平民の街で育っているし、クルデラもかつては平民だったそうだ。
私は、召喚されてもマグナカルタ家で面倒を見てもらい、衣食住の確保もしてもらえる。
せめて、お父様とお母様の希望に叶う形をとりたい。
とりたいけど...
「クルデラは寵愛のふりはできるけど、寵愛を理解することはできないからなあ」
うーん、どうしよう。
私はマグナカルタの家のために後継を産まなければならない。クルデラと.......
いや、それをしたら意味がないのよ。
わたしは、あーっと叫びたくなる気持ちを抑えて、ため息をつく。これで何度目のため息なのかしら?
その行為がクルデラにとっては作業だ。
そういうものではないと教えたいのに、
「家のために子供を作れ、愛は二の次」と言ったら本末転倒。
それに、本人は、賢者の石で時を止めていたから生殖機能はないと言っていたから、後継を作るのはやっぱり無理なんじゃないかしら。
とはいえ......自分の娘の名誉を守りたい気持ちはよくわかる。
「二人の最大限の譲歩よね。キャサリンの体はまだ若いから、10年ぐらいは待ってもらおうかなあ」
その後、やっぱりダメなら養子をもらうか......
馬車を降りて、静かに神殿に入る。
帰る日も帰る時間も告げていない。
そんなことをしたら、クルデラが張り切って30分前に神官を並ばせてしまう。
クルデラにとって、聖女であるわたしをそうやって崇め奉るのは当たり前の作業なのだ。
そう思うと、本当に人の心を回復できるのか不安になってくる。
神殿は、洋風でありながらも、どこか和風の雰囲気も取り入れられていた。
おそらく、今までの聖女たちがここにきて、故郷の空気を懐かしんだ結果なのだろう。
石造りの門を抜けて、砂利や木々で整えられた庭園を抜けると───
「ただいま.......」
あれっ?すでに玄関に待機?
「帰ってきたのですか!本当に帰ってきてくれたのですか?」
クルデラが、突然飛びついてきた。
これ本当に犬と一緒じゃないの。
「帰るわよ。話をいろいろしないといけないでしょ。学園だって卒業になるんだし、アーサーと婚約も解消するなら子供だけで済む話にはできないもの」
「そうは言っても......この間も様子が変だったし、神殿も解体するなら戻ってこないかもしれないじゃないですか」
飛びついて首筋に顔を埋めてくる。
だから犬だな、完全に......
これを誰かに見られたら、間違いなく出来ていると思われるわよね。
というか...
「お帰りなさいませ」
「クルデラ様、聖女様が戻られて良かったですね」
「キャサリン様が帰られるまで、玄関から離れなくて困っておりました」
苦笑いをする神官たちが、クルデラが抱きついた私に声をかける。
誰かに見られたらというより、見られまくってるじゃないの。
「はは......子供...みたいよね...」
私も苦笑いするが、これは完全にクルデラとできているという噂になるわ。
私も頭が痛い。
これから、あなたは私と結婚するのよと言う話をしないといけないのに、クルデラは前にもサラリと自分と結婚したらいいと話したように、結婚は、一緒に過ごすための、トラブルがなくなる制度ぐらいの認識なんだろうな。
お父様とお母様の苦しい決断の気持ちは、クルデラには理解できないわよね。
私は、心の中で落胆しながらも明るい声を出した。
「みんな、心配かけたわね。この後は、クルデラと部屋で話をするわ。その前に、何日も玄関にいたならクルデラは風呂に入りなさい。なんか加齢臭がするわ。いい歳なんですからね」
そう言って、クルデラに一度自室で身を清めるように声をかけるが、子供のようにいやいやと不満気にした。
「加齢臭って、長く生きてるけど、心臓は最近動き出したばかりです。まだ20年そこそこしか生きてないんだから!」
「なら、代謝活発な男性臭ね。久しぶりにマグナカルタでナタリーたちに綺麗にしてもらった体なのに、くっさい臭いをこっちになすりつけないでちょうだい。早く風呂に入ってきなさいよ」
私はわざとらしく鼻を摘み、誰がいるいないに関わらず、身なりを整え、きちんと生活するように説明する。
「聖女のために、ご飯を食べて、風呂に入るんじゃないのよ。自分のために、生きて、身だしなみを整えて、人と交流を図り生活するためにきちんとなさい。」
「なんで、キャサリンは一人だけお風呂に入ってるんですか?マグナカルタで綺麗にならなくても、俺がお風呂に入れてお世話してあげるって言ってるのに!俺の提案を拒否るから、俺だって入りませんから!」
ぷいっと顔を背けて、子供のように風呂に入るのをごねる。
問題は言い方!
神官たちが呆然と目を丸くしている。
誤解です。
でも、どう考えても言ってることはおかしい。
もう結婚するなら、訂正もめんどくさい。
いや、まだアーサーと婚約解消してないから、否定しないと...
「誤解される事を言わないでちょうだい。目も見えた今、ご飯のお世話すら不要よ。身だしなみは、目が見えても見えなくても、私、一人でやりたいの」
無自覚、無感情にそんな発言をすればするほど、完全にクルデラと私はそんな関係になるのだから、確かにキャサリンのことを考えるなら、早く結婚した方が問題はないわね。
マグナカルタに話をしておいて良かった。
ギリギリのタイミングだったわ。
私は、ホッとため息をつく。
「世話は、女以外にさせる気はないと話したでしょう。あなたも、ちゃんと私が戻ってきて安心したならみんなから誤解される発言は謹んで。
初代聖女の遺体をしっかり焼き尽くして、貴方の目をちゃんとクルデラが支配する目に戻すまでは、絶対そばにいるわよ」
そう言うと、クルデラは再び沈黙してしまう。
「その後は....?もうそばにいないの?」
悲しそうに、不安そうに震え出す。
初代聖女への依存が切れて、依存先がないと不安なのだ。
見るからに、不安ですというオーラが立ち込める。
「勝手に闇落ちしそうにならないでちょうだい。あなたには、死ぬまでにやらなきゃいけないことが大量にあるでしょ。魔物も退治しないといけないし、私の指導もしないといけないし、聖女が召喚されなくてもいいシステムを考えないといけないし。今度は、死ぬまでにそんなに期間はないのよ。ほら、さっさと離れなさい!」
「えーっ!やだ!キャサリンといる!せっかく帰ってきたのに!キャサリーン!もう、風呂入らないってば!入るならキャサリンの部屋の風呂にするっ!」
「だまらっしゃい!連れて行って!」
私は、ふんっと鼻息を吐き、神官にクルデラの自室まで強制連行、風呂にきちんと入るまで見張ってもらうことにする。
「ライオンの躾どころか、野良犬の子犬を拾ってきたような騒ぎじゃないの」
これは先が思いやられる。
頭が痛いわ。
「迂闊にあなたと結婚するって伝えたら、安心して私に依存するだけよね。参ったな。とりあえず、先送りにしていることを先に終わらせるしかないわね」
私は、神殿に響き渡るクルデラの叫び声を聞きながら肩を落としていた。
一方で神官たちは、みんなでこそこそ噂をしていた。
「あの恐ろしいクルデラ様に『だまらっしゃい』と言ってたぞ。流石は聖女様だな」
「手のひらの上で転がされていたな。まるで猛獣使いのようなお方だ」
そう尊敬の目で私を見つめていることなんて思いもしなかった。
◇
卒業の日──
これが親孝行だと思い、みんなと一緒に卒業式に出て、卒業証書を受け取る。
パターンでありがちな生徒会長だったアーサー王子が、卒業生を代表して未来への希望に満ちた挨拶をし、その声が響く。
お互いに別れを惜しみ、それぞれの進路に向かっていく。
リリーは、わたしと同じ召喚された身であり、魔力もあることから、魔術師団に入ることになった。
「これからも、キャサリンと一緒にいられるのは心強いわ」
そうお互い喜び合い、「またね」と別れる。
そして───
私は、卒業式が終わり、人がまばらになったところで、学園の大きな木が見える教室の部屋から、リリーが話していたその卒業イベントを覗き見していた。
その少し前──
「えーっ!せっかく誓約魔法で支配している男たちやリリー様の鎖を断ち切るの?」
クルデラは、勿体無いよと私の決断を止める。
「いいのよ。卒業までは、きちんと私も安全を確保したかっただけなのよ。これで、卒業したから切ってちょうだい。ゲームの世界なのか、物語の世界なのかはわからないけど、散々テンプレは潰してきたから、今度は彼らの考えで幸せを見つけてほしいわ」
私は満足そうに頷くが、ますますクルデラは不満そうだ。
そして、悲しそうにうつむいて、肩を落とす。
「だって......キャサリンは何にもいい事ないじゃないか。彼らから被害にあっただけで.....かわいそうだよ...」
ぷくっと膨れっ面で、勝手に連れてきたクルデラがしゅんとする。
「へっ?」
お前がいうか?と言う気もしないではないけど......
私は、クルデラから私が可哀想だという発言が出た方に驚く。
召喚すら当然だと思っていた人なのに、少しは変わっているのかしら?
「ふふっ、クルデラ、私は聖女よ。私の前の世界で、聖女は清く美しい慈悲の心があるってどの話にも出てきたわ。首に鎖をつけて、じゃらじゃら言わせるのは、聖女より女王様だわ」
「......そうなの?この国は、王は男だったから......キャサリンの世界の女王様ってすごいね」
クルデラは目を丸くする。
「あっ、木の下に誰かきたわよ」
私は声を潜めて、学園の大きな木の下で行われるイベントに注目することにした。




