39 親子の愛
「キャサリン!久しぶりに帰ってきたと思ったらその目はどうしたの!!」
目は治ったが、うっかり、前の世界の私の目になった。
お母様の困惑の声に、私も心が痛くなる。
プラチナブロンドの髪に、陶器のような白い肌、鼻筋が通った鼻、少し薄いピンクの唇の美しいキャサリンの中に、異物として存在してしまった私の黒々とした目。
目の形だけはキャサリンのままだったのが、せめてもの救いだが、キャサリンだけどキャサリンじゃないと思わせるには十分な変化だった。
「魔力を暴発させる事故に遭いまして、元に戻せたのですが.......前の世界の目に戻してしまったんです。お父様とお母様にはお詫びしなければなりません」
そう俯くと、お父様とお母様はそれを遮るように笑顔を作り、見せた。
「何をいうの!無事でよかったわ。」
「そうだ!もうどこにもいかないでおくれ」
私にそう声をかけて、頭を撫で、中身が変わった私を受け入れようとする優しい言葉が降り注ぎ、私はほっと救われる。
「今日は、これからの事を話し合うために戻ってきました」
私がそう言うと、二人は顔を見合わせて、
「そうか、よく戻ってきてくれた」
と、静かに頷いた。
私はアーサーと婚約を解消して、神殿を解体する。
問題はその後──
彼らからしたら私は公爵家の一人娘──
いや、中身が変わった今、娘と私が言っていいのかどうか?
ただ、この身体がキャサリンである以上、家の問題は避けられない。それを話し合わなければならないと思っていた。
私としては、結婚はしたくない。
クルデラの人生が終わる時まで、信頼できる大人としてそばにいてやりたいと思っている。
彼は、他の人と結婚は不可能だし、かといって一人で放置したら闇落ちしかねない。
きちんと愛情をかけて、人から大切にされる経験が必要だ。
でも、それをどう説明しようか......
「お母様は、魔術師なのよね。おそらく、神殿の闇も知っているのではないかしら?何も言わないで、クルデラの面倒をみたいというのは無理があるわよね...」
私は思い切って、今まであった事を全て二人に話すことにした。
◇
一通り話し終えた途端
「ちょっと、何それ!神殿を即、燃やしましょう」
「娘とやろうとしただと!もう賢者の石がないなら、死ぬんだよな?それなら処刑だ!」
二人は烈火の如く怒り出す。
可愛いキャサリンが、貞操の危機に陥っていたとなればそういう反応も仕方ないわよね。
ただ、怒っているけどお母様のかつての上司でしてよ。
簡単にやっつけられるようなお人でもなくてよ。
「私も、お二人が私を娘のように扱い心配してくれる様子を嬉しく感じますわ。でも、クルデラはこういう親子愛を理解する機会すら与えられなかった大きな子供ですのよ」
お父様は唸り続ける。
「大きな子供というが、私が子供の時にすでにあの方は大人だったのだぞ。」
苦々しい顔つきで、何が子供だと吐き捨てるように言うのはごもっとも。
でも、精神年齢は幼児から小学校低学年に近い気がする。
「ただ、神殿の噂は昔、先王が笑いながら話していたことがあった。私や王が年頃の頃には、ダリア聖女はもう初老に近かったからね。今の王も、そんな閨なんて、頼まれても嫌だよなと笑ってたんだが.....」
神殿のハーレムや国王と関係を持っていた話は、眉をひそめるものの、否定しきれないという顔をする。
「ダリア聖女は長生きをしたようですから、今は噂レベルですわ。でも、ダリア聖女がお元気だった時を含め、かつて、聖女が召喚されては、そこに神官や魔術師、そして王が出入りしていたようですの。」
ちょうど、お父様の世代はダリア聖女は、ハーレムよりも介護が近い歳に差し掛かっていたため、先王の話も笑い話で流れたようだったが.......
だが、トーマスが聖女の過去の話を知っていたように、かつての話であっても、笑い話で済まず伝わることもある。
特に、王の周辺を警護する騎士や神官の周囲の目はかわせない。
神殿は聖女を除き、男だけの世界だ。
普段の会話や、ふと香る香りなど、想像を掻き立てることもある気がする。
いや、過去はそれが噂ですらなかったことが痛い。
「神殿に私が住んでいたということで、周囲は私をそのような女として見る可能性は高いですわ」
私がそう伝えると、お母様は苦しそうな顔をした。
「神殿は女性は入れないの。クルデラ様は、神殿で知り得たことは外では話せないように、命をかけた誓約をさせるのよ。だから、私は何も知らされてない。」
そうよね。そうじゃないと神殿で生活をすると伝えた時に、さすがに二人は止めたはず。
「でも、それは、話せないだけですもの。頭の中の想像は、今は口にされないだけで、社交界に出れば噂にされるのは時間の問題ね。過去まで調べてなかったのは迂闊だったわ」
お母様が、悔しそうに唇を噛むが、ハーレム相手が神官で尚且つ、誓約魔法をかけられていれば社交界の女性が知る機会がないのは当然だった。
それでも、一度ついた噂が一度でも誰かの口に上れば...
過去まで遡れば、日記や神官の記録など残されてしまったものは絶対にある。
関係を持った神官のように知り得たものが誓約で口に出せなくても、素振りや雰囲気で伝える者もいるはずだ。
そうお母様から言われて、私もそうだったわねと唇を噛み締める。
「この後、神殿は解体させようと思っていますの。神官たちと私は、関わりはほとんどないから、現状のハーレムの件は否定はできると思いますわ。
ただ、世間はそう見ないでしょうね。キャサリンの経歴に傷をつけた事を申し訳なく思います」
そこまでいい、私は扇子を持つ手に力を入れる。
「特に、クルデラと私は、介助を受けるほど、四六時中そばにいました。何を言われても言い逃れはできません。
そして、二人には申し訳ないけど、私はクルデラを見放せませんの」
私の扇子を持つ手は震えていた。
どれだけ残酷な事をこの二人に伝えているか──
お父様とお母様は顔を見合わせ、下を向いた。
「すまない。クルデラ殿に悪意はなかったと言われても、キャサリンを...私たちの娘を、違う世界に追いやったのは奴だ。今でも本当は殺してやりたい...」
お父様の拳がぎゅっと握られて、白くなり、爪が食い込んで怒りを堪えている様子がみえた。
お母様も、頷いている。
「キャサリン、本当ならあなたも、無理矢理連れてこられたのだもの。もっと怒りを持っていいのよ。無知は無罪ではないわ。」
お母様は、そこまでして私がクルデラの面倒をみたいという気持ちが理解できないようだ。
「感情とは別問題にしなくてはいけないことは理解しているの。召喚は、クルデラだけではなく王も同意したことだし、我が家の娘を狙ったわけではないことも分かっている。
ここで、クルデラに危害を加えても返り討ちにあうし、王家に反発しても国を割ってしまうわ」
「そうですわね。マグナカルタは王家より力がある貴族ですもの。クルデラもすごい魔術師なんだろうと感じることがありますの。おそらく正面から対決したら、流石のマグナカルタも無傷にはいられないのだと思いますわ。」
そこまで言って、私は二人に微笑んだ。
「でも、その問題とは別に、私はアーサーにもクルデラにも恨みはないし、二人とは今は良い関係なんです。
クルデラよりは、正直、初代聖女や初代聖女に永遠の命を求めた王に恨みはあります。でも彼らは亡くなってますしね」
二人はそうは思えないことは分かっている。
でも、その恨みの先の初代聖女が王から受けた長く孤独な苦しみも気持ちとしてはわからないわけではないし、初代聖女に自分の心臓を材料にさせた王も、国の安定を願った。
ただ、それを取り巻く者の犠牲を軽んじているところがまさに今のクルデラと同じなのだ。
連鎖は断ち切らなければならない。
「私は将来、アーサーには良き王になってほしいと願っておりますわ。ですけど、彼にも伝えたように結婚はできません。
何度でも言いますわ。私は、クルデラのそばで、きちんと愛情を注いであげたいのです。」
「クルデラのそばにって...歳の差なんて、普通じゃないわ。社交界の醜聞はあったとしても、聖女でマグナカルタの娘よ。良縁だって!!」
私は、叫ぶお母様を見て首を横に振った。
「お母様、かつて私は言いましたわ。私が良縁をみつけるんじゃない。私と結婚できたものが良縁を見つけるんだって。
私はクルデラとは結婚をする気はありませんの。だって、そういう関係ではないのですもの。ただ当たり前に受ける愛情を注いであげたいと思っていますわ。」
だが、そんな私と結婚を望む男性は正直かなり訳ありしかいないはずだ。
私は、仕方ないと腹を括った。
「でも、必要であれば後継は作ります。クルデラがいるので白い目で見られるとは思いますが、身分差などで報われない相手がいる人やお互いの利益がある人となら結婚しても構いませんわ」
そう伝えると、怒りとも悲しみともつかない沈黙が落ちてきた。
「クルデラと......結婚しろ」
「えっ?ですから結婚はせずに...」
お父様は真っ直ぐ私を見つめた。
「この世界で、娘が後ろ指をさされる姿は見たくない。王妃と聖女の兼務は出来ないから婚約は解消。そして、神殿を閉じて、クルデラ殿一人に寵愛を受けた聖女と言う形を、キャサリンのために守ってほしい。」
「お父様...」
私は娘を思う父の気持ちに心がぎゅっと締め付けられる。
「ああ、ただし、ベタな寵愛は許さん。受け身というのはキャサリンらしくないんじゃないか?我が娘はどんな娘だ?魔術師団長すらひれ伏させ、永遠の命を投げ出してもお前に愛を乞う、そのぐらいの変化を奴に与えてやってくれ。」
そう言われて、私は
「クルデラから......寵愛??ライオンをペットにして躾けるより難しくないかしら?」
わたしはお父様からの妥協に頷くしかないが、全くクルデラに愛を教える方法が思い当たらなかった。




