38 初代聖女の毒
胸のチリチリを感じて私はハッとする。
なんで?
なんで聖印が反応した?
体の関係どころか、キス一つすらしていない。
このクルデラからの縋るようなハグ?
いやそれなら、今まで目が見えないために、移動や介助の場面で抱き抱えられることは度々あったはずだ。
聖女と今の私に共通することは何?
言葉を受けたこと......
いや、聖印に反応はなかった。
あんな安っぽい、心にも響かない。あんな言葉に騙されていたことに、むしろ、自分の情けなさを痛感して、絶望したわ.......
.......絶望.....まさか.......ね
わたしは思わずその場に立ち尽くし、何度も自分が考えすぎなのではないかと自問自答する。
でも、それしか私と他の聖女たちの共通点がない。
「ねえ......キャサリン。なんで......なんで...泣くの?」
私の顔を見て追い縋り、まだ腕を震わせながら私を抱きしめている。
しかも、必死すぎて、クルデラは私の聖印に気づいていない。クルデラはそのぐらい、予定外を知らない。
初代聖女しか世界がなかったクルデラに与えた仕事は、聖女になるために絶望を与えること──
そう考えると腑に落ちた。
手足が冷えるような、人はここまで残酷になれるのかという恐怖に似た、自分には理解できない感情に、吐き気がする。
クルデラと一線を超える時──
それは、召喚された女性は、全てをあきらめ、この世界で生きるしかない絶望に陥ったときだ。
クルデラに体を許し、聖女となり、神官たちが囁く愛の中で空虚な人生を送る。
どんなに過去好きな人がいても、逆にこれからに夢を見ていたとしても、神殿の逃げられない、二度と元の世界には戻れない鳥籠の中に絶望する。
この世界に召喚されて、泣いて暴れて、ボロボロになった時に、口だけの優しい言葉のシャワーをクルデラから当てられて......
その諦めと絶望のタイミングはクルデラに堕ちた時。
クルデラは、
それなのに、初代聖女から、自分が「聖女」を絶望に落とすための道具としてしか見られてなかったと知ったら......
私は、鼻を啜り上げた。
そして、クルデラの声の方向に向く。
少し外の風がするから、玄関近くまで走ってしまったのだろうか?
すると、他の神官たちの声が大きくなる。
「どうされましたか?」
「お怪我はありませんか?」
何人も人が集まってくる声がしてきた。
「大丈夫よ。少し驚くことがあっただけ。悪いけど、クルデラ、人払いをしてくれる?」
クルデラがみんなに解散を命じたのだろう。
すぐに、人が離れていく感覚があった。
ここは、やはり監獄だ。
聖女の動きをみんなが見つめている。
「クルデラ、何で泣くのか?その理由はね、きっと、初代聖女の毒に中てられたからよ」
「初代聖女の毒?」
私はそっとクルデラの顔に手を伸ばした。
クルデラの目の下には、まだ初代聖女がいる。
それが気持ちを更に暗くさせた。
クルデラは......知らない。
ただ、作業のように、召喚した聖女が、いつものように嘆き終わって、一線を超えたら、聖女が完全に力を発揮すると信じていた。
初代聖女が過ごしていたようなハーレムを与えてあげれば、いえ、それ以外に聖女が過ごす環境を知らなかった。
クルデラ.......初代聖女がずっとあなたに自分の世話をさせたのは、あなたが未来永劫聖女に絶望を与えてくれると信じて疑わなかったからよ。
そして、賢者の石を使って、自分を取り込めるほど、自分を愛していると疑わなかったからよ。
クルデラの愛情を知らない闇に気づかず、自分を愛していると信じるなんて.....
彼を更に「絶望装置」にしてしまうなんて......
なんて残酷なの......
「ねえ、クルデラ、貴方魔法で子供になれないの?」
「突然何?魔法で?子供?魔法ならなんでもできるって思ったらダメだよ。さっきまで泣いてたのに、なんで突然元気に?心配したじゃないか」
クルデラが抱きしめていた私をパッと離し、なんだか微妙な空気感になったかと思うと、スンとした冷静な距離を意識しているのが伝わってくる。
そして、「ん?」
「んん?あれ?」
素っ頓狂な叫び声を上げた。
「あれ?聖女の力がうつってるのを感じるんだけど?何で?聖女になったら、今度は子供が欲しくなったの?でも子供は無理だよ、賢者の石の影響で、俺は生殖機能は止まってるし」
何が起きたかわからないまま、私から子供になれと言われて、私が子供が欲しいから関係を持とうと誘っていると勘違いしたのか。
結局そこに戻るのね。
それしか知らないんだから、仕方ないのかも知れないけど......
私は子供になったあなたと会いたいのよ...バカね。
「本当にあなたはバカね。誰があなたと私の子供を?
クルデラが可愛い子供の姿になるなら、震える可哀想なクルデラを抱っこして甘やかしてやりたくなっただけよ」
ふんっと腕を組み、そっぽを向く。
「何だよそれ?前に言ってた初代聖女のショタ好きってやつ?なんだ、キャサリンもショタ好きだったのか。だから、俺と関係をもつのは嫌だったのか?たしかに、俺は大人の男だもんな。年齢はお爺さんだし......」
「誰がショタ好きよ。私はノーマルです。むしろ、その系統が好きな人には嫌悪感すらあるわ。ただ...ただ、今からでも、あんたを甘やかしてやる大人になってやりたかっただけよ。全く」
年齢が何百歳で、体は大人で、心は子供。
常識は、初代聖女やそのとりまく汚い大人たちからしか学んでいない神殿以外を知らないクルデラ。
今からしつけ直すしかないじゃないの。
「子供になれないんじゃしょうがないわね。大人になったクルデラでもいいわ。全部が終わったら、しっかり抱きしめてあげるわ」
「全部が終わったら俺としたいってこと?」
「抱きしめてあげたいだけです。他を触ったら、急所を凍らして叩き割るわよ!」
「えーっ!再生術は大変なんだよ......でもなんで?なんで、やらないのに抱きしめるのさ。変なの」
クルデラは、まあいいかと呟いている。
どうやら、相当私の取り乱しを見て、クルデラ自身も取り乱したらしい。
ああ、傷がお互い増えちゃったよと呟く声が聞こえる。
「じゃあ、早速。力回復したところで、目と首のあざを治しましょうかね?」
その声に私も、大きく頷いた。
◇
「普通は力を手から放出する。今は目に放出穴が開いてしまっているので、目の穴は閉じるイメージで。手に力を集める感覚を作って」
クルデラの声の通りに体を動かす。
手を前に出すと、ぼんやり灯りのようなものを感じると同時に、軽い温風がしてポカポカしてきた。
前回は、クルデラの中にいる初代聖女をとにかく叩きのめすとしか思わず目力で、何の技術も持たないまま力を放出することに頼ってしまった。
今度は片側はクルデラの本当の目に戻っているという。
本当のクルデラの目と会える。
その時私はどう思うのだろう。
ふわふわ、ポカポカする感覚が、腕を伝っていく。
うまく体に行き渡らないところは、クルデラがちょいちょいと魔力を流して触れると通り始める。
私は魔術のことは何もわからない。
だが、学生時代、ちょっとアドバイスをもらったら、全く歯が立たなかった問題がスルスル解ける感覚に似ていて、クルデラは、本来ならば、ただの素晴らしい魔術師になれたのではないかと感じていた。
なまじ、純粋で、なまじ力があって利用しやすかったのだろう。
あれ?
頭の中にまだ気になることが...
引っかかることが残っているような気がしている。
何だろう?
その時──
「魔力が満ちてきたよ。今回は自分の治療に。慣れたら浄化を手伝ってくれよな。」
気づけば腕を伝った温かい魔力は、首、そして、顔、額に向けて温かい風とぼんやり感じる光を放っている。
きっと、目が見えない私が感じる光だから相当明るいはずだ。
「クルデラは...眩しすぎないの?」
恐る恐る聞いてみる。
自分が人外になった気がして、今更ながら空恐ろしさを感じる。
「うーん?目で見たらわかるが、聖女の光はやっぱり癒しの光なんだよな。眩しすぎて、目を背けたくなるぐらいでも救われる気持ちになるというか......」
「そう......」
多くの光が、絶望の先から生まれたと知れば複雑だ。
だが、その光はやがて目を包むのがわかる。
「元の目を思い出して......」
「わかった」
私は、元の目を思い出す。
それと同時に激しい光が......
しまった!!
「しまった!クルデラ、私、前の目を思い出しちゃったわ!」
包帯を外した時、美しいキャサリンの姿の中の目だけが、大嫌いな前の世界の私の目に戻っていた。




