37 R15の挑戦
「さあ、やってみよう」
私は、ありがちなガラスを間に挟み、キスをしてみる。
「コレ何の意味が.....?」
あらあら、見えなくても困惑の声が聞こえるわ。
「ええっ!小説の鉄板パターンじゃないの。思い合う男女は、触れることができずガラス越しに......」
「だって、触れることができてしまうのに、なんでガラスを間に挟むんだ?」
クルデラの理解に苦しむ声が聞こえる。
それでも、私が目が見えないからといって手抜きはせず、間違いなくお互いが挟み込む硬質なガラスの触感を唇に感じる。
そして私は、5分ほどその状態を維持してため息をつく。
「だめね。これじゃ」
「だろうね」
やる前からわかっていたと言わんばかりに、クルデラは、あっさりとガラスを取り除いた。
「このガラスを抜いた距離感を、絶対口に当てないように維持してみて」
「当たったら?」
「ぶっ殺す」
「......」
しばらく静寂が流れる。
ガラスを抜いて仕舞えば、もうクルデラの息の暖かさや体温の近さを感じるレベルだ。
これができるのは、こっちの視界は遮られ、クルデラの心が無機質なおかげとしかいいようがない。
だが、全く変化を感じない。
「距離の問題じゃないのか...次は紙を......」
私は諦めて、クルデラから離れて紙切れを口に当ててみる。
感覚的にはかなり薄い。
「材質の問題なのか?」
クルデラが胡散臭そうに質問するので、私も首を傾げながら答えてみる。
「薄く、熱を感じられる方がいいのかもしれないわ」
「もうさ、やってしまった方が早いんじゃないのか?」
一枚、お互いの唇の間に紙を挟む。
今度は触感をちゃんと感じる。
熱も感じる。
だが......聖印はだまされない。
やっぱりまだこのレベルは18禁じゃないのね。
「これで...紙を...抜くわよ」
私は紙越しに唇ついたまま、クルデラに声をかける。
「これ......抜いて当たったら?」
「叩きのめす」
クルデラの紙を持つ手に力が入る。
「待ってくれ...静止魔法をかけたい...」
「かけ....ずに...止めるのは?」
お互い紙に唇を当てあったまま話すので喋りにくい。
先に断念したのはクルデラだった。
「それ...は...かなり...きび...ああ、もう!紙を取り外して話そう!」
クルデラは、紙越しの私の唇から離れてため息をつく。
「もう、やった方が早くないか?」
頼むからさっさとキスして終わりたいと言わんばかりだ。
「まだ始まったばかりでしょ。静止魔法をかけたら、さすがに聖印は魔力を感知して騙されてくれないんじゃないかしら?」
「仮に唇が当たったとしよう。それでも、そんなの過去の聖印を渡した時のドロドロした濡れ場の数々を思えば木枯らしみたいなもんだ。絶対反応しない」
「ドロドロさで聖印は反応するの?それなら、まさに濡れ場シチュエーションを作るわよ。」
質感、熱量の誤魔化しではなく、粘着度とかかしら?
なんかボディーオイルみたいなものがあるかしらね?
そう呟く私にギョッとしたような、困ったような声を出す。
「そう言われても......全てのコトが終わればいつも聖印は完全な形になってたし。」
「えーっ、じゃあどのタイミングで反応したかはみてないわけ?」
どのシチュエーション、タイミングをリアルに近く再現するかが決まらないじゃないの。
「目的まで荷物を運ぶ最中に、荷物がどうなってるかなんてみないだろう?届ける先をみつめるだろう?」
「あんた、女は荷物と一緒なわけ?よくそれで、甘い言葉を囁けるわね。」
私は呆れてクルデラの言い分に頭を悩ませる。
これは相当おかしい。
そしてこいつの体を求める段階でどれだけ聖女たちは追い詰められているんだ。
「甘いとか知らないよ。何百年も閨のくどき文句を毎日当たり前のように聞いていたんだから、どのタイミングでどの言葉をかけたら興奮するか、喜ぶかなんて分かるし...」
クルデラはなんてことはないように話すが......
「ちょっと、言ってみなさいよ。それ、興奮バージョン、愛情バージョン、囁きバージョンなんでもいいわよ」
「え.....そんな、正座で膝を突き合わせて言うセリフ?それは何百年もやってきたけど、一度もやったことがない」
「何百年もやってきて毎日当たり前のように聞いて会話のポケットもってるんでしょう?さあ、聖印が射抜かれるような言葉を発して頂戴」
私は、自分の聖印が少しでも反応するように軽く揉みほぐしてみる。今のところ全くチリチリ感はない。
「えーっ、す...好きだよ......愛してる......君だけだ......こんな気持ちになることは二度とない.......ずっとそばにいてくれる......一緒にいようね...」
私はそれをずっと聞いていた。
なんでチープな言葉なんだ。
本当にこんな嘘くさい言葉に、今までの聖女たちはその気にさせられたのか?
私はそれをただ、聞いていく。
何分も...
何分も...
「僕にだけかな?そんな顔みせるの.....大好きだよ......君を抱くと癒されるよ...ずっと僕だけをみてて...ええと。どれだけでも言えるけど、あと何分ぐらい言えば.......って......キャサリン...どうしたの?」
「へっ?」
「泣いてる。ええと、閨で呟く全集をただ話してるだけだと思うんだけど.....その気になるならわかるけど、どうして泣いているの?」
私は、包帯から滲む自分の涙にハッと気づく。
そしてとんでもない自己嫌悪に落ち込む。
私も、こんな嘘くさい言葉に踊らされた今までの聖女たちと一緒だわ。
「安っぽすぎて涙が出たの。」
「えっ?」
「こんなありがちな心もこもらない甘い囁きなんて、目を閉じて聞いていたら嘘だって分かるのに。閨全集ね......こんな時のこんな言葉をかけたら、こんな反応をするって、愛が必要ないって思うクルデラだって知ってるわ」
その言葉の数々は、ベッドの上だけではない。
出会った時、仕事を頼まれた時、疲れた時、何かしてあげたいと思った時...愛していた男に囁かれた数々の言葉と同じ。
自分がとても惨めだわ──
クルデラのいう通り、愛なんて意味がない。
必要ないわ。
うっ......嗚咽が漏れる。
「キャサリン......ええと、ごめん。何か不愉快にさせたかな。」
クルデラの動揺したような声がする。
おそらく、こういったセリフを言って喜ばれる体験ばかりで、悲しんで泣かれることはなかったのかもしれない。
だって、私だって、こうやって言われた時には嬉しかったもの。
もっと、あなたの役に立ちたいって、将来を勝手に夢見ていた。
クルデラが悪いわけじゃない。
でも、今はクルデラがあの男と同じように見えて憎い。
私はふっと立ち上がり、物に当たりながら外に向けて歩いていく。
一人になりたい。
一人で泣きたい。
「キャサリン!危ないよ。連れていって欲しいところがあるなら連れていってあげるから。ねえ!」
私に伸ばされる手を私は叩き、見えない暗闇をただ歩く。
どこが外なのかも、今どこを歩いているのかもわからない。
手を伸ばし、ただ、障害があるところを避けて歩き続けるだけ。その体を、クルデラが掴み、抱きしめた。
今一番、触れられたくない。
こいつはあの男と同じだ!
心にもないことを言って、聖女たちを喜ばせて、意のままに操って!
私はカッとした。
「離せ!離して!離せ!」
私は再び、魔力が弾けそうになっている。
完全な聖女どころか、怒りで再び体が沸騰しそう。
「離せない……無理だ、離せないよ...だって、おかしいよ。ごめん、どう言えば.....ああ、言ったら泣くの?なんで……なんで泣くの……」
クルデラは私を抱きしめている。
それなのに...まるで私に縋っている?
予定と違う反応だったから......
自分のパターン通りじゃなかったから──
遠くでクルデラの叫びのような困惑が聞こえる。
「俺、間違えた? どこで?ねえ、間違えたの?」
クルデラの動揺して震えている体が、抱きしめられている私にも伝わってきていた。
「間違ってないわ。あなたは何も!あなたも!あいつも全部間違えてない。間違ったのは私!そんなチープな言葉に騙されて、まさにお荷物になったら殺されそうになって、そんな言葉しか思い出にない私よ!」
そう怒鳴ると、私は胸にチリチリとした感覚を覚え始めていた。




