33 神殿なんていらない
「初代聖女の遺体.....」
遺体だということすら誰にも認識させず、それを指摘したら、クルデラの感情が抑えきれなくなったあの遺体か。
その少しの沈黙の中で、クルデラはぽつりぽつりと語り始める。
「俺は長くあの棺を開けてないんだ。彼女に言われ、彼女の望みとはいえ、心臓を取り出したんだ。今もあの拍動の感覚や血が俺の体に取り込まれていく感覚を俺は覚えている。それ以後、みる勇気がなくて開けられない」
クルデラにとって、遺体はこの世にいないという認識そのものなのね。
それだったら──
その認識は使えるかもしれない。
「そう、なら初代聖女の遺体は、燃やしましょう。」
「はっ??」
「何を驚くの?私の世界ではよくある火葬よ。しっかり新しい記憶として、初代聖女は死んでもういないんだって焼きつき直すの。そうね、両目で見たらいいわ。もう死んだのだとあなたを支配する初代聖女にも理解させないとね」
アーサーやクルトたちみんなの反応を思い出す。
どれだけみんなの洗脳が激しかったのか?
みんな初代聖女は心臓が無くなっても、そのまま棺で生きているぐらいの勢いだった。
数人ならその思考も浄化できたが、完全に火葬されて、死んだのだとまだ認識させることが大切だわ。
「火葬......この国では、罪人と戦争で亡くなったもの以外は...」
「初代聖女は私と同じ世界から来たのよ。だから、同じ世界のやり方にしたらいいわ。これはむしろ慈悲よ。」
「慈悲......」
骨にしてやる!
とはいえない。
ちょっと罪悪感を減らす言い方にしてみたけどどうかしらね?
だが、クルデラの中はまだ初代聖女が支配しているのだ。
そうだねと素直に納得するはずがない。
ちょっとクルデラの罪悪感につけ込んでみようか?
「それに、この国で初代聖女はあなたの体を支配して、いろんな聖女の人生を何百年も食い散らかしたじゃないの。乗っ取られたあなたはともかく、初代聖女に罪がないとは言わせないわよ」
私は仁王立ちになって、クルデラの声の方向を向く。
「神殿を解体なのか?神官の解雇だけじゃダメか?......俺は...ここ以外を..神殿以外を知らないんだ」
「へっ?」
勢いよく畳み掛けるつもりだったのに......
まさかの告白に毒気が抜け、思わず私の勢いが削がれる。
ここ以外を知らないって、何百年も生きているのに?
まさか?
「ここに初代聖女に連れてこられてから、ここ以外で暮らしたことはない。もちろん、魔術師団で訓練こそするし、魔物退治や、聖女たちの浄化で国中を回ることはもちろんあったが......」
クルデラの声に迷いのような不安のようなものが渦巻いているのがわかった。
外の世界を全く知らない
これこそが、初代聖女から付け狙われたクルデラの弱さであり、本質だと確信する。
私は、あえて声を明るくして提案してみる。
「なら決まりね。世の中は広いのに、広い世界のこの国の、さらに神殿だけで人生終わるのは勿体無いわ。初代聖女の残滓に操られてるんじゃないわよ」
「残滓......いや、これは残滓ではないんだ。」
私がそういうと、それを拒否するかのように腕を組むような、布が重なり合う音がする。
私がみないところで、クルデラはまだ初代聖女が植え付けた思考と戦っているのだ。
延々と自分の支配が続くように、純情だったクルデラに私は共にここにいると初代聖女は呼びかけている。
目を塞ぐことで心を塞いで戦っているのだろう。
私は、もう一回クルデラを揺さぶってみることにした。
「クルデラ、その初代聖女の思考は残滓よ。初代聖女が喜んでくれる、初代聖女のため.....そんな思考を最後に魅了で植え付けて去っていくところが腹立たしいわよね。」
「......いや、初代聖女の求めるまま、私は賢者の石を作った。その材料は彼女の、愛する者の心臓で、私はそれを体内に入れたら初代聖女と共に生きられると言われた。実際に長く初代聖女は共にいて、今もまだ私の中で一部生きている」
やっぱりだ。
わかっているといいつつ、初代聖女の思考の残滓ではない。初代聖女は共にいるのだと頭の中で揺さぶられている。
クルデラは明らかに動揺しはじめた。
「初代聖女に操られ、初代聖女を愛していると信じて、初代聖女に魅了されたところまでは理解はしているんだ。
だが、初代聖女は今も意思を持って俺の体の中に存在するのか、それとも、初代聖女の意思や行動パターンの思考を俺の頭に魅了して埋め込んだだけなのか?それがわからない」
「いいえ、クルデラは今も初代聖女は自分の中で生きていると恐れているから片目を伏せたままなんでしょう?
でも、私と戦いに塗れて何かが変わったのよね?」
「ああ、俺と初代聖女が共にある象徴だった心臓が......壊れた。
私の心臓が動き出して、賢者の石は破壊されたんだ。」
「壊れた理由は?」
「どうやら愛していると思っていたのは、違っていたことに気づいたんだ。俺は、縋っていた。ただ、歪んで依存していたところをつけ込まれただけだった。」
クルデラは悲壮感に溢れた苦しそうな声で、過去を振り返る。
愛していたと思っていた人を愛せてなかった。
愛をかけてくれたと思った人も、自分を利用していただけだった。
苦しいだろう......
私は、見えない目でクルデラの頭を撫でてやった。
誰も助けてくれる人はいなかったのだろうか?
「あなたの性格や弱さをわかって初代聖女はやったのよ。
でも、賢者の石が壊れた時、初代聖女はあなたの記憶の優しい聖女だった?初代聖女はあなたを助けてくれた?どうせ、私を殺せって言ってたのが関の山なんじゃないの?」
「どうしてそれを!」
「どうしてって、彼女ならこう動くという思考を埋め込んだんでしょ。奴の考えそうなことじゃないの。それは、あなた自身目を背けていただけで、あなたのことを第一に考えないような女だってあなたも知ってたってことよ。」
私は、ふーっと息を吐いた。
私は目の包帯を解く。
「だ、ダメだ。まだ──」
クルデラが叫ぶ。
「悪いけど、私の臭さが限界なの。
今ので確信した。ダメなのは私の目じゃないわ。私の目に全てを見透かされることが怖いあなたよ。でもおあいにく様。目が見えなくなっても困ったら私には犬がたくさんいるの。あなたも、居場所がないなら私の犬になればいいわ。」




