アクターズ「第七輪」-試練-
アクターズ「第七輪」
朝がやってきた。ふかふかの柔らかいベッドで心ゆくまで眠った二人は、尽きかけていた体力も全快。朝日が窓から差し込み、メビウスは新鮮な気持ちで調葉師の少女と共に宿屋を出た。
「ずいぶん顔つきが良くなったねえ。ゆっくり休めた証拠だね。うちの宿屋の寝具は、旅人からも好評なんだ。」
女主人はいう。
「おかげさまで、疲れをすっかり癒すことが出来ました。本当にありがとうございました。」
そういうとメビウスは、お代を出そうとした。
「いいんだよ、お代は。」
「え、でもせっかく親身にしていただいたのに、それでは申し訳が立ちません...」
「あんたの話によると、ピースマンさんは師匠にあたるんだろう?『煙具』は喫演者にとって大切な道具。それを若いあんたに預けたってことは、よっぽど信頼されているんだねえ」
「それに、私たちはピースマンさんにちょっと、払えていない『ツケ』がある。ここは、その『ツケ』払いってことで、どうだい?」
宿屋の女主人はそう言って微笑んだ。
「お言葉に甘えてさせて頂いても、よろしいでしょうか」
「当たり前だよ。宿屋をやって数十年。こうやって元気になって、出ていく客を見るのも、楽しみのうちなんだ」
「ところで、二人はどこへ向かって旅をしているんだい?」
調葉師の少女はすぐに答えた。
「北の国です。」
「北の国...ねえ」
女主人の顔は少し曇った。何か含みがある様な、そんな顔をしていた。
「北の国って、どんな所なんですか」
メビウスは気になって尋ねた。女主人は、首を横に振ると、語った。
「北の国はいい噂を聞かないねえ。『以前の時代は人が少ないながらも、平和な地域だった。だけど、今はちょっと...」
「詳しい話は私も知らない。だけど、もし情報が欲しいなら、ここの村長さんの家を訪ねてみるといいよ。あの人は『以前』の話も今の話もよく知ってるからね」
「分かりました。貴重な情報をありがとうございました。僕たちはこれで、失礼します」
「気をつけていくんだよ!」
女主人の元気な通る声を後に、二人は案内された村長の家を訪ねに行った。
村の中心部にあるその家は、他の家々とさほど変わらない、質素な家だった。
「失礼します。これまでのご歓待、感謝しています。北の国についての情報があると聞いて、村長さんのお宅をお訪ねさせて頂きました」
そういうと、ドアがギギギと音を立てて開き、老人の男が笑顔でそこに佇んでいた。
「君たちがピースマンさんの...!よくここまできてくださった。挨拶はいい、とにかく、上がって上がって。お茶も家内が用意してくれるから」
そうして、二人は村長の家に上がらせてもらった。居間でボロボロになったソファに座らせてもらい、しばらくするとお茶と菓子が二人に出された。
「お待たせしてしまったね。さて、二人とも北の国に行きたいというが、それは一体なぜなんだい」
村長に訪ねられると、メビウスは、
「僕はピースマンさんと、世界をこの目でみてまわりたいと誓ったからです」
調葉師の少女は、
「私は1級調葉師の資格を得るために必要なある素材を求めています。それが前に他の町に滞在している時、北の国にそれがあると聞いて、目指しています。」
とそれぞれ答えた。
「なるほどねえ...」
村長はそういうと、難しい顔をして黙り込んでしまった。どうやら事情がありそうな様子だった。
「その、村長さん。さっきの宿屋のおかみさんも、北の国というと黙り込んでしまったんです。一体、北の国というのは何か良くない事情でもあるんでしょうか?」
メビウスは気になっていた事を正直に村長に向かって話した。
「わかった。君たちも目的があって、それもピースマンさんと何かしらの関係がある様に見えるから、聞いた内容をここで話そう」
そう言って、村長は重い口を開いた。
「北の国は、狂信的な宗教国家だ」
「え...!?」
「あら...やっぱり」
「お嬢さんはひょっとしたら調葉師だから、知っていたのかもしれないね。あそこは有名なネオニコチンタバコ葉の産地だから、小耳に挟んだ事はあるだろう」
「話によると、昔の日本時代、その地域は『普通』のタバコ葉の産地だったらしい。そしてタバコを吸う者も多かった。」
「しかし、核戦争後、ネオニコチンタバコが産まれると、元々タバコ葉を管理生育できる技術を持った人々がそこで、組織の管理の下タバコ葉産業を大々的に始め、それと同時に輸出により多大な利益を得た」
「そうすると、ネオニコチンタバコの依存性によって日常生活を送れなくなる人間が急増した。『灰人』だ。それは二人も、これまでで見てきたことだろう?」
メビウスはどきりとした。「灰人」となりかけていた自分の過去の姿や、路地裏でネオニコチンタバコ切れになってぐったりとしている人々の姿を思い浮かべたからだ。
「それでだ」
「そうした『灰人』を救済するという名目で、とある宗教団体が暗躍し始めた。彼らは、ネオニコチン依存は神との繋がりの強さの証であるという題目を唱え、徐々に信者を増やしていった。自分たちが持つ土地で育てたネオニコチンタバコを餌にしてな」
「その後、北の国は独自の価値観を信者に植えつけ、戦闘できるネオニコチン受容体の多いものを集め、近々東の国と一戦交えるつもりらしい」
「話が長くなってしまったね。しかし、私が言いたいのは、君たちにはあまり無理をしてほしくないということなんだ。」
「そうですか...」
「私はね、これでもこの村の村長だ。この村が酷く貧しかった頃から、街のため必死に身を粉にして働いた。今こうして村人たちの平和な姿を見て、家内と一緒に茶を飲み、ボロボロのソファに腰掛け、想いに耽る。そんな小さな幸せだって、悪いことじゃないじゃないだろうかね」
メビウスは、その深く刻まれた村長のしわから、彼の人生を想像した。村の昔の状態は実際に見たことがない。しかし、いかにその日その日を生きることが大変かをメビウスは日雇いをしていた経験から理解している。そして、今の自分は小さな小さな火種であること。こんな立派な村長でさえ、小さな平和の火を灯し続けることにどれだけ苦労したことか。それを、超える様な旅をこれから2人はしようとしているのである。
「村長さん、お話ありがとうございました。北の国が不穏な情勢であること、そしてその危険性については理解できました」
「ですが、僕はやっぱり、北の国に旅立ちたい。僕は今までどうしようもなく情けなくて弱かった。その弱さは、今でもあんまり変わっていません」
「けれど、ピースマンさんが言ってくれたんです。『お前はくすぶりじゃなくて、火種だ』って。そして、『その火種はやがて、あらゆるものを巻き込んで大きな炎となる』と。」
「僕は村長さんを尊敬しています。出会ったばかりで、そんな事を言われても、とは思うかとは思います。ですが、村長さんはこの村の平和の火を、今日僕たちと出会うこの日まで絶やす事なく共し続けてきた。」
「僕も、村長さんとは違いますが、やがて何か大切なものができたときに、それを守れる暖かい炎を持った人間になりたいと思っています。」
「ふむ」
「若さゆえの愚かさもあるかもしれません。ですが、僕はやっぱり北の国へ行きたい。そしてその世界を目に焼き付けて、いつかピースマンさんと再び会えたとき、もっと沢山の話ができるように、なりたいんです」
そう語るメビウスの目は、情熱に燃えていた。その熱さを、村長も汲んだようだった。
「若さだなあ。そんな時期が、自分にもあったよ。超えたいものがある。それを超えられないむず痒さがいつも離れない。そんな、若者だった。」
「メビウス君といったかね。そして調葉師のお嬢さん。君たちが旅立つのを止めはしない。だが、年長者たるものは若者を導く使命があると考えている。そこで、二人にそれぞれ私から直々に試練を課したいと考えているのだが、どうだろうか。勿論、受けても受けなくても自由だ。しかし、こういう若者には、死んでほしくはない...そう思うのは、歳をとってしまったからかね」
「試練でしょうか...?」
「メビウス君には、村の自警団の喫演者と戦ってもらい、勝ってもらう。その喫演者は、昔はよくその名を知られていた強い喫演者だ。どうだろう、受けてみるかい?」
メビウスは過去の戦いを思い出した。ホープには辛勝できたものの、ハイライトにはほとんど歯が立たなかった。自信はない。
「僕からも、条件を出させて頂いてもよろしいでしょうか」
「なんだい、メビウス君」
「1週間です。1週間、この村に滞在して修行をさせてください。それで、その喫演者さんと戦いたいんです。その途中で強くなれなければ、そこまでということで、僕は故郷に帰らせて頂きます」
「わかった。二人の滞在費は心配しなくていいからね。申し訳ないと思う事はないんだ。先行投資というやつだよ。」
「それから、お嬢さん。お嬢さんは1級調葉師になりたいと言っていたね。そこで、お嬢さんにはタバコ葉の鑑別、調合などの試験を独自に課したい。ちょうど、うちの村でも調葉師は抱えているから、予備試験にはちょうどいいかもしれないね」
「私も、受けさせて頂きます。彼と同じで、1週間の猶予を私にもください。対策が必要ですし、何より...彼が強くなるタバコ葉の調合を思いつくいいヒントになるかもしれない。そうすれば、いつかもっと色々な人の役に立てる調葉師になれるかもしれませんから」
「よし、話は決まったね」
「1週間後、試練を実施しよう。二人の覚悟は伝わったよ。結果を楽しみにしているからね。おいぼれの長話に付き合ってくれて、ありがとうね」
「こちらこそ、ありがとうございました」
そう言って、メビウス達は宿泊所へと戻っていった。
修行の内容を決めなければならない。ピースマンさんの教えを守りつつ、新たな「煙技」を自分で習得するための訓練内容。考える事は山ほどある。
そして、調葉師の少女の能力の話が気掛かりだった。もっと能力を引き出せるタバコ葉の調合。それがあれば、もしかしたら、強いだろう喫演者にも一矢報いれることが...
「メビウスー」
調葉師の少女は、名前を呼んだ。それを聞いて我に帰ったメビウスは、その日はもう寝ることにした。試練の突破方法をあれこれと頭の中で反芻しながら。
このお話を読んでいただきありがとうございます。喫煙者なものでしてタバコの銘柄の違いとか煙の技とかで戦う世界があったら面白そう!と思ってこの作品を描き続けています。
文章が読みにくい、こうすると面白くなる、などのご意見などございましたら是非よろしくお願いいたします。




