アクターズ「第六輪」-不死の山から昇る紫煙-
アクターズ「第六輪」
ピースマンとの別れから一週間。メビウスと調葉師は、廃墟の中を北の国目指して進んでいた。
「中々集落につかないわね」
「一週間も進んだのに、全然見えませんね。街の廃墟が、いい宿泊地にはなりましたが。ピースマンさんは今頃東の国かあ」
「あなた、一週間くらいじゃ東の国には到底つかないわ。今頃道半ばでへとへとになってるんじゃないの」
「ピースマンさんはそんなことになりませんよ。きっと。それより、地図はどうなんですか?」
「地図は正常。コンパスもいたって普通。もうそろそろ、山脈の近くの麓の集落につくはずなのに...おかしいわね」
「道標は調葉師さんしかいないんですから、しっかりしてくださいよ。ああ、早くタバコを思い切り吸いたいな。もう数本しか残ってないや」
「そんなことはいいからさっさと歩きなさい!この道、草木ばっかで歩き辛くてしょうがない...」
そういって、二人は道なき道を進む。途中集落とおぼわしき場所にたどり着いたが、そこには誰もいなかった。廃墟と化した建造斑群が、そこには佇んでいた。核戦争でみんな、死に絶えたえていたのだった。
「話には聞きましたが、人が全くいない」
「でも、道標にはなるわね。大都市に向かってこういった街並みは増えていく。こうした失望の数ほど、希望も増えるものよ。」
「そうですかね」
そう言って二人は、再び歩み始めた。誰も手を付けない、密林の中を二人で歩く。手持ちのタバコも吸い切ってしまって、もう数本しかメビウスには残っていない。そうして歩いていると、やがて山脈の麓にたどり着いた。
「これが...富士山。」
「富士山...日本時代、最も高かったという...」
「そうね...人間の作り出した建築物は、灰に埋もれいまではこの有様。それでも、こうして富士山は今日も、旅人の道標として、聳え立っている」
「ピースマンさん...」
メビウスは一人でにそう呟いていた。灰色の人生から救い出してくれたピースマンさん。そんな偉大な姿に、いつしか憧れを抱く自分がいた。そんなメビウスにとって、富士山は、まるで自分に立ちはだかる超えなければいけない壁の様に、屹立していたのである。
「この山を普通に登るのは無謀。多分、両方死ぬことになる。標高が高いほど、酸素も薄くなり、呼吸が困難になって死ぬでしょうね」
「そうすると、この山を迂回していくしか」
「察しがいいわね。この山を避けてぐるりと一周して、北の国への道を進む。それしか私たちに方法はない。あなた、ちゃんと着いて来れるでしょうね」
「ピースマンさんに鍛えてもらったんです。この程度んか道のり、何てことはありませんよ」
そういうメビウスの足は、すでに震え始めていた。体力が以前にも増したとはいえ、長旅ですでにメビウスの体は限界が近づいていた。
「こんな道、超えられなきゃ困るわ。あれ、目の前に、何か松明の炎の様なものが見える」
「集落でしょうか」
「野盗かもしれないわ」
「注意を怠らないこと。あなた一応は喫演者なんでしょう?どんな時でも、煙技力は試されるものよ」
そう言って、二人はその明かりに向かって足を進めた。この一週間で、持ってきた食料も底をついてしまった。もうすぐ集落があるというが、一向につかない。メビウスは、いっそこの際、奪われるよりも奪う側に...という邪な考えを胸の奥底に抱きつつ、その元へと向かった。
進んでいると、やがて建築群が見えた。日本時代の建築物はその辺りにはなく、今の時代の建築技術でかろうじて建てたであろう小屋のようなものがいくつも並んでいた。
「どうやら、あたりを引いたみたいね」
「この集落はほとんどが、『以後』の建築物で構成されている。となると、少なくとも廃墟をねぐらにして強盗をする輩はいないと考えられる。そして、拙いとはいえ整備された家の配置を見るに、治安は安定している。ここでご厄介になっても、いいかもしれないわ。」
調葉師の言う言葉に、納得したメビウス。そのまま集落の入り口の門へと二人はたどり着いた。
「ようこそ、不死山脈麓村へ」
「滞在許可証はお持ちですか?」
門番の二人の男が問うてきた。
「滞在許可証は無いわ。だけど、私は2級調葉師で、この隣のは一応は喫演者。通してもらえないかしら」
「あいにくですが...規定が厳しくなりまして、2級調葉師の方でも、現在この村にお通しすることはできないのです」
「申し訳ありませんが、お引き取り願います」
「そんな、せっかく集落にたどり着いたと思ったのに」
落胆するメビウス。思わず、少し道から離れて残り少ないタバコを口に咥え、ピースマンから譲り受けたライターで火を灯そうとした。すると。
「そのライターは、どこの誰かから貰ったんですか!」
「ええ、僕の恩人の、ピースマンという方ですが...」
「先ほどは無礼な態度を失礼いたしました。規定があり、どうしてもお通しするわけには行かなかったのですが、その『煙具』を持っているということは、ピースマンさんと何かしらの関わりがある証拠。何もない村ですが、どうかごゆっくりとしていってください」
メビウスと調葉師はそうして、村に入ることができてしまった。メビウスはぽかんとしていたが、その後すぐに調葉師が言っていたことを思い出した。
「ピースマンは、東の国で最強の喫演者だったの」
もしかしたら、ピースマンはこんな北の国に向かう途中の集落でも名前が通っている存在なのかもしれない大きな存在であるのかもしれないとメビウスは考えた。
「こちらが村の来訪者の宿泊所になります。部屋は2階になっています。お風呂の準備もできておりますので、どうか長旅の疲れを癒してください」
宿泊所に案内されると、そこで女主人が二人を待ち構えていた。
「お二方、ピースマンさんと何か関係がある様だねえ。詳しく聞かせてくれないかい」
メビウスはそれまでの経緯を話した。すると、女主人は昔を思い出す様に話した。
「ピースマンさんか...懐かしいねえ。あの方が、この村の発展のために莫大な寄付をしてくれてねえ」
「ピースマンさんが...!」
「そうなのよ。今からずっと前この村は貧困に喘いでいてね。そんな時、ピースマンさんとその一行が、飲み代だって言って大量のお金を置いていって、次の朝パッと消えていってしまった」
「それで、この村は発展する機会ができた。その時、村では『ピースマンさんの仲間の方はみんなでおもてなしをするというルールが出来た。村の連中はピースマンさんの特徴的な『煙具』を覚えていたから、今こうしてあんた達がここにこうしていられるってわけよ」
「なるほどな...ピースマンさんに、そんな過去があったなんて」
「さて、話はこれでおしまい。今日はゆっくりしていきな」
そうして二人は、用意されたベッドで別々に横たわりながら、今回の珍事について話し合った。
「まさかこんなことがあるなんて」
「なんて都合がいいのかしらね。あなたがピースマンの『煙具』を取り出した途端、村の人々の態度が一変した。やっぱり、あの男、只者ではないわね。」
「そうですね。しかし、何だかそれはそれで申し訳ないというか...」
「いい?」
調葉師の少女は言った。
「銘柄も、機会も道具にして演じるのが『喫演者』。これも何かのチャンスと考えて、クヨクヨしないこと。それがあなたの悪い癖」
「そういうと、少女は窓際に移ると、手持ちのタバコをふかした。
「あっ、あなたもタバコを」
「吸うわよ。調葉師だから、当然でしょ。煙の匂いがあるから普段は吸わないけれど、ちょっと安心したからこうやってるの。お風呂もあるみたいだしね」
「私はさっき、門番に2級調葉師って言ったわよね」
「そうでしたね」
「あれには、その上がある。全部で3級、2級、1級、そして特級。私はその中のまだ2級に過ぎない。」
「そして今目指している北の国では、1級調葉師になるには欠かせない、技能を高める機会があると思っているの。」
「もともと、チンピラ連中に雇われてそれでお金をもらって暮らしていたけれど、ピースマンとあなたをみていたら、何だか面白そうな気がして、それであなたと北の国へ行こうと言うことにしたのよね。」
高い夜空に、煙がぼうっと登っていく。
「だから、これもあの時もいい機会なの。私はそういう機会を、きちんと有効活用したい。明日食料や道具を買い足したら、すぐにこの村を出る。それでいい?」
「はい。ただ、一つ質問があって」
「何かしら」
「その調葉師の資格のランクって、高いとどう違うんですか?銘柄判定だって出来てしまうのに、他に何ができる様になるのか」
「それはまた今度話すわ。長くなるから」
「そうですか。今日はもう疲れてしまったので、これで僕は寝ます。あまり無理ないでくださいね。おやすみなさい」
「おやすみ」
そう言ってメビウスは床についた。ふかふかのベッドは、草を敷いて眠っていた頃に比べればまさに雲泥の差で、すぐに眠りこけてしまったのであった。
そして、夜が明けた。




