アクターズ「第十七輪」-ある裁縫家の一本-
この物語はフィクションです。日本国内では未成年の喫煙行為は、法律で禁じられています。ですが、日本が崩壊してしまった社会なので、各地で法があったりしますが、基本的には誰が喫煙しても良いという背景がこの作品にはある為、描写はその様になっております。
アクターズ「第十七輪」-ある裁縫家の一本-
メビウスと調葉師の少女は、あれから村の中の裁縫家の老婆の家へと入った。暖炉があり、薪が温かく燃えていて、室温は外よりもずっと高く、戦いの疲れからかメビウスはうとうとし始めてしまった。
「こら、メビウス、招かれているお家の中で失礼よ。背筋をちゃんと伸ばしなさい」
「ハッ...そうですね。でも、なんだか不思議とこの暖かさで眠気が出てきてしまって、ふわあ〜あ」
「もう...恥ずかしい...お婆さん、すみません、連れがこんな体たらくで」
すると老婆は笑顔で言った。
「なあに、村の危機を救ってくれたんだから、寝る権利は当然にある。それに、私も若い頃は、いつも昼間眠かったものさ...今暖かいお茶を用意するよ。男の子は、寝てしまってもいいんだよ。」
「お気遣いいただきありがとうございます。ね、メビウス、気遣われてるわよ」
「ありがとうございます。お茶、頂きます。」
2人は用意された暖かいお茶で心が少し落ち着いた気がした。北の国の宿泊所の寝具も寒い地域だからか暖かかった。ここは、なんでも暖かいなと、当然の事だが、メビウスはなんとなく考えに納得が行ったのだった。
「採寸はこれでいい。」
そうしていると、老婆は布や生地類を作業用の机に置くと、古びた機械のようなものを取り出した。
メビウスはこの手の類のものが珍しく見えたのか、老婆に尋ねた。
「そういえば、その機械は一体?」
「これはミシンというんだよ。足で踏んで針が進んでいくから、電力も必要ないのさ。『日本時代』には電気に気軽に接続できたものだから、昔の裁縫職の人々は電動式を使っていたけれどね」
「電気って、なんでしょうか?」
メビウスは不思議そうな顔で尋ねた。亡き母親から、「日本時代」の話はよく聞いたし、故郷の村人からも話は聞いていたが、「電気」が何かをメビウスはよく理解していなかった。
老婆は答えた。
「電気を使っていろいろなことができたんだ。電気で様々な、『以後』の時代よりもうんと優れた機械が動いたし、ミシンだってそれで動いていたさ。『車』にも、それで走るものがあった」
メビウスは、「電気」の説明を受けて、「日本時代」の社会を想像していた。あの沢山の廃墟も昔はずっと綺麗な建物群で、それが立ち並ぶ中、「整備された道」を、母が言っていたように、今では錆びた鉄屑が辛うじて残ってはいるが、それが新品同様の輝きを放って高速で走る、そんな社会を。
「日本時代...すごかったんだろうなあ...」
メビウスはふとそうこぼしていた。そして、その社会を実際に見ることがもはや出来ない、無常の念を抱いた。そして、忙しく作業をしている老婆にメビウスは尋ねた。
「ねえ、お婆さん。僕は『日本時代』がなんだかとても素晴らしい世界の様に思えてきました。きっと快適で、旅をするにも『車』があればきっとすぐでしょう。しかし、『以後』の僕たちは、何日も、何月もかけて世界を移動しなくてはいけない。それに、沢山の難民が今苦しんでいる。ああ、『日本時代』かあ...」
そういうメビウスに、老婆はぴしゃりと返した。
「その『電気』が、その『便利な』社会が、あの恐ろしい核戦争を引き起こしたとしても、かい?」
「...確かに...」
老婆は続けていう。
「私だって時々、『日本時代』が良かったと思う事もあるさ。元からこの地域に住んでいたから、『車』で移動できるのはとても快適だった。」
「でも、その社会には、その社会なりのしがらみがあったんだよ。私も、そんな社会で生き抜くのにとても苦労した。今は、幾分これでも楽に働けている方なんだ。」
メビウスは不思議に思った。発達した科学の力で、全てが快適になれば、皆今の時代と違ってもっと楽に楽しく過ごせるのではないかと思ったからだ。しかし、思い返してみれば、北の国の社会と故郷の村の生活はまるで違った。必要とされるものも異なる。防寒具も、故郷ではむしろ暑くてしょうがない。そういう事なのかもしれない、メビウスは考えた。
そうしていると、お婆さんはお酒を飲み始めた。そして、やや酔ってくると、調葉師の少女にタバコを求めた。
「悪いねえお嬢さん。タバコを持ってるはずだろう?それを仕事の集中のために分けてくれないかね」
「ええ、いいですよ。はいどうぞ」
「これじゃ足りないかな...もう10本くらいあるかねえ」
「え、あっ、どうぞ」
「悪いねえ。それじゃあ、今日はここに泊まっていきなさい。お金に苦労していると見た。宿泊所に泊まらなくても大丈夫だよ。なあにこれはタバコ代さ」
「ええ、いいんですか?ありがとうございます」
「集中する時は、タバコが欲しくなるものさ...」
「ありがとうございます」
それじゃあ私はこれから集中するから、先に2階に上がりなさい。寝具は適当に使いなさい。さてこの縫い方は...」
そうして2人は2階で休息を取ることにした。すると、何やら額縁の中に小さな色褪せた写真が入っているのに気がついた。男女が笑って写っている。一方の女性には、どこか裁縫家の面影があった。
「これは誰の写真なんでしょうか...一方はなんとなくあの裁縫家さんだと分かるけれど、もう一方の男性は一体。」
「親しい仲だったことは間違い無いわね。写真が残っているとなると、これは『日本時代』のものかもしれない。ひょっとして、何かが...」
「...」
それ以上は2人は何も言わなかった。老婆がここに1人で暮らしているということは、何かしらの不幸があるのだと悟ったからである。
そして、メビウスは一階のトイレに行こうと階段を寝ぼけまなこを擦りながら降りていった。すると、老婆はこんな夜更けまでずっと服を作り続けていたのだった。とても早くこなれた手つきだった。
「こんな遅くまで...お仕事ありがとうございます...僕たちはゆっくりこうして休ませて頂いているというのに。」
「何、まだ起きてたのかい...タバコもあるし、おまけに酒も入ってる...こういう時こそ、仕事が早く進むってものよ。」
「ねえ、もしかして2階の写真を見たかい?」
「え...!見てしまいました、勝手に...すみません。」
「いいのいいの、もうずっと昔の思い出だから。昼は2人に、『日本時代』の良さを否定して、核戦争の火種になったって言った。でも、酒に酔っていると時々、昔のことを思い出すねえ。」
「ねえ、メビウス君と言ったかな。楽さや快適さは、社会に平和をもたらすと思うかい?」
「うーん...お婆さんのいう平和がよく分かりませんが...自分は、平和をもたらすと思います。」
「ほう。だけど、私の仕事をごらん」
そういうと、老婆は机の上を見せてくれた。布がとっ散らかっていて、しかもしている仕事は複雑そうだ。とても楽とは言えそうも無い。
「とても大変そうに見えます」
「そうだろう。だけど、この仕事を『日本時代』から40年くらいは続けてきた。楽なことは無かったさ。でも、それを着る人は喜んでくれた。社会に平和は結局、もたらさ無かったけれどね。」
「だからね、メビウス君。楽に感じた道よりも、大変そうに思える道を行きなさい。そして、それが幸福につながるとしても、そうでなくとも、自分が信じる道を行きなさい。人生はそうやって、紡ぐものだから。」
「...わかりました。自分の人生を、そうやって生きていきたいというのは、僕も同じです。」
そういうのを聞くと、老婆はメビウスの手を取った。
「え...?」
「いい手だよ。ボロボロな、でも立派な手だ。私の手も、同じだ。裁縫で怪我ばっかりしてる。でも、何かを作り出せる。何かを守ることのできる、立派な手だよ。」
「ありがとうございます」
メビウスは少し嬉しかった。自分の苦しい修行や戦いを共にこなしてきた手が、一つの仕事に専念してきた人生の先輩に褒められたことが。しかし、メビウスは同時に焦りも感じていた。いつ服ができるのだろうか。こうしている間にも、また敵が攻めてくるかもしれない。難民も苦しんでいる。早く行かないと、人々は不安の中生き続けざるを得ない。
「その...僕らの服は一体、いつ出来るんでしょうか。催促するようで悪いのはわかっているのですが...」
「3日。3日あれば、作れる。いや、作る。安心してそれまで休みなさい。後は専門家に任せなさいな」
「3日ですか...!すごく早い。宿泊費やその他の出費を僕と調葉師さんが働いて、服代を工面したら、10日はかかっていた...本当にありがとうございます。」
「いいんだいいんだ。それに、私は男の人の服を縫うのは、特別な思い入れがあるのさ」
そこでメビウスはハッとした。あの2階の写真の男性は、もしかして...。しかし、メビウスは何も言わなかった。人の関係性を問うのは、失礼にあたると考えたからだ。
「分かりました。それでは、僕はお手洗いをお借りして、また寝ようと思います。防寒具、本当にありがとうございます」
「わかったよ。おやすみ。」
そうしてメビウスはお手洗いを借りて一階の部屋に出ると、老婆は再び集中して仕事に取り組んでいた。邪魔にならないように、メビウスはそおっと二階への階段を登っていった。
そして、約束の期限がやってきた。
「さあ、これで防寒具の出来上がりだ。2人とも、早速着てみなさい。」
2人は着替えた。暖かい。わたがしっかりと詰められていて、北の国の気候にも十分適応できそうだった。
「暑いくらいですね。でも、これよりもっと寒い標高2000mもある山なら、十分すぎるくらいだ」
「あんたもなかなか言うねえ。いいかい、ちゃんと暖は取ること。衣食住の衣は満たせても、他が欠けてちゃ話にならない。」
「だが、衣はちゃんと仕事をした。これ以上ないくらいいい出来だ。だからそこは、心配することないよ。」
調葉師の少女は、お礼を言った。メビウスもそうした。
「なあに、良い仕事ができた。ああ、そうだ、これこれ。」
そういうと、老婆はあの時渡した30000園をそのまま返してきた。
「これは...?」
「ちょっと、そこをごらんなさい。ほつれがその服にはある。」
確かに、小さなほつれがあった。しかし、それは2人にとっては全く気にならないような小さなものだった。
「でも、こんなの大したことないですよ」
老婆は言った。
「服を仕事にしてきて40年近く経った。けれど、私は自分が満足しない服には、お金を取らない主義なんだ」
「だから、そのまま着ていきなさい。お代は結構。それより、もっとやることがいっぱい、あるんじゃないのかい?」
メビウスはお金を返そうとした。しかし、その老婆の目と、その仕事への熱意が伝わり、そのままお金を受け取った。
「メビウス、本当にいいの?」
調葉師の少女はメビウスに尋ねた。
「いや、良いんだ。お婆さん、本当にありがとうございました。これからすぐに『特級調葉師』がいるという山を登ります。どうか体にお気をつけて」
「そんなに気にされるほど歳とっちゃいないよ!ふふふ...行ってらっしゃい。」
そうして2人は老婆に見守られながら、山への道を進んでいった。
そして、2人が行ってしまった後。老婆は二階へ上がると、写真に向かって語りかけた。
「今日もいい仕事をしたよ。これからもずっと、自分の縫いで大切にしていることを忘れない。だから、まだ見守っててね」
2人は再び旅を再開した。標高2000mもある山は、2人を前にして立ちはだかっている。「特級調葉師」は本当にいるのだろうか?旅はまだ続く。
このお話を読んでいただきありがとうございます。喫煙者なものでしてタバコの銘柄の違いとか煙の技とかで戦う世界があったら面白そう!と思ってこの作品を描き続けています。
文章が読みにくい、こうすると面白くなる、などのご意見などございましたら是非よろしくお願いいたします。




