アクターズ「第十三輪」-ある昔話-
この物語はフィクションです。日本国内では未成年の喫煙行為は、法律で禁じられています。ですが、日本が崩壊してしまった社会なので、各地で法があったりしますが、基本的には誰が喫煙しても良いという背景がこの作品にはある為、描写はその様になっております。
アクターズ「第十三輪」-ある昔話-
あれから、2人はひたすらに北の国の領域に向けて歩き続けた。買ったばかりの靴はあっという間に磨耗して、足にマメができる様になってしまった。それでも、あの難民の押し寄せる村で見た凄惨な光景が、メビウスには忘れられなかった。ピースマンは、メビウスに燃える火種のままでいろと教えてくれた。しかし、その火種ができた事は、せいぜい遺体を弔う際にタバコに着火することぐらい。そして鍛えた拳でも、多くの苦しむ人を救う事は出来ない。メビウスは、久々に精神的に参ってしまい、歩き続ける中自分の在り方について考えを巡らせ続けていたのだった。
「調葉師さん...ちょっといいですか」
「何、メビウス」
「あんな光景を見てしまってから、僕は自分が時々わからなくなる...正確には、自分がどうなりたいのかという像が揺らいでいる、と言った感じです。」
「初めて、ああ言った光景を見たのかしら」
「はい。僕の故郷でも幼い頃飢饉こそあったものの、それでもやっぱり、人があんな姿になる光景は、見た事がなかった。」
「もしかしたら」
調葉師の少女は言った。
「『隠されていた』のかもしれないわね」
「どういう事ですか...?」
「簡単な話。私たちはあのあと遺体を埋葬したでしょう。葬式くらいはあなたの故郷だってあったはず。なぜ人が葬式をして、埋葬をするか。もちろん、死者との別れを満たされたものにするという意味も確かにあるわ。だけど」
「放置された遺体はやがて腐り、流行病を招く恐れがある。それに、それを見た人間が錯乱する恐れもある。だから、早々に遺体を燃やしたりして埋葬してしまう。住人たちに悟られる前に、ね」
「そうだったんですね...あの時そうした遺体を見なかったのは、そういうことだったのかもしれない。でも皮肉ですね。火種が、遺体を燃やす事しかできないなんて。これまで自分はずっとピースマンさんに、『火種であり続けろ』と言われて、そうする様に、そしてそうありたいと思い続けてきた。でも。」
「僕はあの時誰1人、救う事ができなかった...!守る事が出来なかった。僕はやっぱり、くすぶりなんだ...ハハハ」
メビウスは、確かにあの時議員に向かって、北の国の問題を解決すると言ってみせた。だが、あの時の経験が、メビウスを苦しめ続けていた。あれから夢を見る様になった。食料を懇願する難民を見捨て、走り去ろうとする。すると、お前を食わせろと言って難民が追いかけてくる夢。他にも、うめき声が延々と夢の中で繰り返される、痛々しい夢を。
「僕、最近眠れないんです。旅に出たばかりの頃はそんな事なんてなかったのに。むしろ、この目で世界を実際に見ることを希望に、火種であり続られた。でも今は...それが出来そうにない。」
そんなメビウスに、調葉師の少女は語りかける。今までにない真剣な面持ちで。
「今日は進むのをやめて、この廃墟で休みましょう。この造りなら雨風もしのいでくれそうだし。」
「そして」
「あなたの心の状態が、思ったよりも深刻だと思ったから。無理はないわね。私だって、あの時は...。」
「ねえ、メビウス」
「はい...」
「昔話をしましょうか」
「昔話...ですか?」
「そう。昔話よ。ある小さな女の子のお話。いいかしら。横になりながらでいいから。」
「わかりました...。横にならせてもらいます。とても、動ける気がしない。」
メビウスが横になったのを見て、調葉師の少女は語り始めた。
「昔の話。核戦争が終わって、10数年経った頃。荒れ果てた荒野を、人々は必死に開拓して、やがて平和な村があちこちに出来始めました。そんな平和な村に、1人の女の子がいました。女の子は、花畑で遊ぶのが好きで、周りの人から愛される、とても幸せな女の子でした。」
「その村は、喫演者達も時折やってきます。そして、『煙技』を披露して村人達を喜ばせていました。女の子もそれを見るのが大好きでした。こっそり喫演者達と、『煙技』の練習もしました。ですが、うまくいきません。そして、自分もこんな煙を操れる様になりたいというよりも、そのタバコを作る事で、皆の笑顔の火を灯す手助けがしたい。そう思う様になりました」
「ですが」
調葉師の少女の顔は、語りに合わせて暗くなり始めた。
「そのあたり一体に、疫病が流行りました。喫演者達もやってこなくなり、人々は皆笑顔を忘れていきました。」
「そんなある日のことでした。女の子の両親が、疫病にかかって動けなくなってしまったのです。畑は荒れ放題で、食料も資材もままならなくなりました。少女は、弱っていく両親に、必死に『煙技』をしてやりました。」
「輪っかさえ、ままならないのに」
調葉師の少女は胸元からタバコを取り出すと火をつけた。話は続いた。
「お母さん、お父さん、ほら、この煙、なんだか笑顔に見える!この煙なんて、お花にそっくりで...!だから、笑ってよ。病気なんて早く治して、またみんなで...楽しく暮らそうよ...ね...?」
「そういう少女に、両親は言いました。」
「輪っかができる様になったら、一緒にまた遊べる様になるよって」
「必死に作った笑顔で、両親は暖かく語りかけました。女の子はそれからずっと輪っかを作ろうと、練習に励みました。けれど、どうしてもどうしても輪っかはできませんでした。
日毎にお母さんとお父さんの病気は悪くなっていきます。それでも女の子は、必死に輪っかを作ろうと一生懸命でした。」
「そして、ある日の事です。輪っかが口元から、ぽっと、とても小さな輪っかが初めて出来たのでした。」
「少女は、両親の待つ家に走って向かいました。これでみんな元気になって、またいつも通りの暮らしが始まるんだ...と」
「そして、両親に輪っかを見せてあげようとすると、2人は寝込んでいる様でした。」
「ねえねえ、お父さん、お母さん!輪っかができたんだよ!これで皆、元通りになって...」
そう言って両親の手をつかもうとすると、両親の手はとても冷たかったのでした。もうとっくに、死んでいたのです。」
「少女は、気がついていたのかもしれません。
ですが、亡くなった両親の前で輪っかを慣れない様子で作ってみせます。」
「輪っかが...出来てるよ...約束...したよね...?そしたら皆、笑顔になって...元通りだって...ぐすっ...うええええええん」
調葉師の少女の口元が緩む。煙を吐き出す。自然と輪っかができていた。
「すぐに遺体を燃やす事になりました。病が広がらない様にする為です。でも、少女は村人たちが遺体を持っていくのを必死に止めました。」
「なんで燃やしちゃうの!まだ生きてるかもしれないのに...なんで...」
「村人達はとても悲しそうな目をしていました。こんな小さな子供が、両親を失い、しかも死すらも分かっているかどうかわからない。そんな少女が必死に止めるのを、誰も責める事はできませんでした。」
「そして」
「遺体は燃やされました。青空に煙が上がって行きます。その煙が登っていくのを見て、少女は、自分の煙が全く意味がなかったことを、悟ったのでした。」
「話はこれでおしまい」
調葉師の少女は語るのをやめた。蝋燭がだいぶ短くなっていた。タバコも何本も吸っていた。いつもはそんなに吸わないのに。メビウスは、話を聞いて、どう反応すればいいか分からなかった。
「その女の子は確かに可哀想ですけれど...でも、その話を聞いたら、なんだか一層気持ちが落ち込んできてしまいました。」
「私がこの昔話で伝えたかったのはね」
少女は語った。
「自分の目で実際に見るという事が、時にはとても残酷であるという事。そして、願いは叶わないこともあるということ。」
「ピースマンは確かに、火種であることを説いたわ。でも、私には私なりの考えがあって、それは、ずっと燃え続けていたら、時には疲れてしまうのではないかという事」
「何より、その少女もかつて火種であったという事。でもその火も、煙も、現実の前では何の役にも立たなかった」
「だからね」
「時には理想が叶わないこともある。でも、昔話には続きが実はある」
「そうなんですか」
「その女の子は旅に出たの。生き残るために。希望も理想も失ったけれど、『生きのびる』ために再び心の炎を燃やし始めた。」
「...!」
メビウスは話に聞き入る。
「だからね、メビウス。これだけは忘れないで。負けても勝っても、人生は続く。その命が終わらない限り、心の火は決して消えない。いえ、消せないものなの。」
「私はそう考えて生きてる。だから、メビウス。あなたは一旦くすぶりになっていい。火種を忘れていい。でもいつか、再び心の火の熱さを思い出さなければならない時が来る。今日はいっぱい休みなさい。寝れないなら、そばにいて話もしてあげる。だから、今は」
「心の温もりを、思い出しなさい」
メビウスは語りを受けて話し始めた。
「わかりました...ありがとうございます。なんだか、ピースマンさんのいう事も、調葉師さんがいう事も、僕にはよくわかる。焚き火をした時、灰の中から火種が出てきた事があったんです。それと似ている。今は理想が揺らいでいるけれど、その中から再び、希望の火種が出て来る。それは、きっと何度も。そして何より熱い。今日教えてもらったお話を、心の薪にしてもいいでしょうか。」
「いいわ。語り草は、燃やしてなんぼ、でしょう。今日はもう寝れそう?」
「分かりません。ですが、今日は心の温もりを思い出しながら、休もうと思います。調葉師さんもお疲れでしょうから、もう休んでください。」
「分かったわ。長い昔話を聞いてくれてありがとう。そして、それが再び心の炎を燃やす事につながることを、信じてる」
そうしてメビウスは眠りについた。不思議と、悪い夢は見なかった。ピースマンの夢を見た。熱い心を持ったピースマン。そして調葉師も夢に出てきた。冷静だけど、優しさのある不思議な人。違う熱さだけど、暖かい。
寝言でメビウスはこぼした。
「皆、暖かい」
そうして、メビウスは翌朝、すっきりとした気持ちで目覚める事が出来た。
「おはよう、メビウス。よく眠れたかしら?」
「はい、とても。よく覚えていないけれど、皆とっても暖かくて。」
「何言ってるの...ふふ。北の国は寒いわよ。でも、その暖かさに気がついたのなら、心配なさそうね。」
そうして2人は、予定ではあと1週間ほどかかる北の国の領域の始まりへと足を進めたのであった。
このお話を読んでいただきありがとうございます。喫煙者なものでしてタバコの銘柄の違いとか煙の技とかで戦う世界があったら面白そう!と思ってこの作品を描き続けています。
文章が読みにくい、こうすると面白くなる、などのご意見などございましたら是非よろしくお願いいたします。




