表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/57

41話

 イントロが流れ、ざわめきが、ゆっくりと引いていく。ついさっきまで爆発していたような歓声が嘘みたいに収まり、体育館の空気が、静かに、しかし確かに張り詰めていくのが分かった。


 ——空気が変わる。


 それは観客だけではなく、私たちも同じで、自然と顔に浮かべていた笑顔が消え、代わりに胸の奥にある何かを確かめるような感覚が広がっていく。楽しい、だけではない。この曲は——違う。


 私はマイクを握り直し、一度だけ小さく息を吸った。


「⋯⋯次の曲は、ちょっとだけ雰囲気が変わります」


 客席が静かにこちらを見る。騒ぐ人は誰一人としていない。ただ、待っている。そんな視線だった。


「この曲は、ファンの人が作ってくれた曲で⋯⋯私たちも、すごく大事にしてる曲です」


 言葉にした瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。


「聴いてください。『Re:Bloom』」


 その言葉と同時に、音が落ちる。静かなピアノの旋律が、ゆっくりと体育館全体に広がり、照明が僅かに落とされ、白い光が私たちだけを切り取るように照らしていた。


 私は一歩、ゆっくりと前に出る。歌い出しは、私だ。


「静かすぎる夜に」


 声が、やけに綺麗に響いた。さっきまでのライブの熱とは違う、余計なものを削ぎ落としたような感覚で、言葉一つ一つを置いていくように丁寧に歌う。


「一人で立ち止まってた」


 自然と視線が少しだけ下がる。照明の外に広がる客席は暗くてはっきりとは見えないが、それでも、そこに誰かがいることだけは確かに分かる。聞いてくれている、その気配だけで十分だった。


 サーシャが静かに前に出て、柔らかい声で続ける。


「失くしたものばかり」


 その声は、優しく包み込むようで、空気がさらに静まっていくのが分かる。


 セリナが、ゆっくりと手を伸ばす。


「それでも消えない光が」


 その動きに、自然と視線が引き寄せられる。


 アリサが低く、強く、しかし抑えた声で重ねる。


「胸の奥にあった」


 四人の声が、少しずつ重なり始める。派手な動きは無い。ただ歩き、視線を交わし、歌う。それだけなのに、さっきよりもずっと見られている、という感覚が強い。


「Re:Bloom」


 サビに入る。私は顔を上げた。


「もう一度咲かせるよ」


 その瞬間、客席の向こう側が、ほんの一瞬だけ見えた気がした。手を握っている人、じっとこちらを見つめている人、そして——目元を拭っている人。


 息が、少しだけ詰まる。


「涙の跡に、光が差すなら」


 ——ちゃんと、届いてる。


 配信じゃない。画面越しじゃない。この場所で、この瞬間に、直接。


「何度でも立ち上がる」


 声に、自然と力が乗る。


 サーシャが隣で歌い、セリナが笑い、アリサが真っ直ぐ前を見る。


「君となら怖くない」

「壊れた世界も」

「塗り替えていく」


 そして四人の声が、ぴたりと重なる。


「ここからまた始めよう」


 音が伸びる。静寂が落ちる。誰も声を出さない。それでも、空気が確かに震えているのが分かった。


 そのまま二番へと入る。歩幅が揃い、四人で並び、自然と目が合う。


 ——大丈夫。


 言葉にしなくても、それだけで通じる。


 Cメロに入り、音がさらに落ちる。


「失うことが怖くて」


 私はほんの少しだけ目を閉じた。思い出す。何も分からなくて、怖くて、それでも進むしかなかったあの日のことを。


「それでも君が笑うから」


 顔を上げると、サーシャが泣きそうな顔で笑っていて、セリナが真っ直ぐこちらを見ていて、アリサが静かに頷いていた。


 ——ああ。


 私は、ここに居ていいんだ。


「私はここに立てる」


 ラストサビ。音が一気に広がる。私は迷いなく前に出た。


「Re:Bloom」

「何度でも咲かせるよ」


 声を、届ける。


「過去も未来も 全部抱きしめて」

「私は進んでいく」


 四人で前に並び、最後のフレーズへ。


「君となら越えられる」

「どんな世界も どんな運命も」


 手を伸ばす。


「この手で変えていける」


 そして——


「だから」


 一瞬、音が止まる。


「もう一度ここで咲こう」


 ——静寂。


 音が消え、私たちはそのまま動かない。息だけが揃っている。ほんの一瞬、本当に一瞬の空白。


 そして。


 ぽつりと、拍手が鳴った。それが次第に広がり、やがて体育館全体を満たす大きな拍手へと変わっていく。さっきまでの歓声とは違う、もっと深くて、重たい音だった。


 私はゆっくりと顔を上げる。


 ——ああ。


 やって良かった。


 心の底から、そう思った。


 隣を見ると、三人も同じ顔をしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ