41話
イントロが流れ、ざわめきが、ゆっくりと引いていく。ついさっきまで爆発していたような歓声が嘘みたいに収まり、体育館の空気が、静かに、しかし確かに張り詰めていくのが分かった。
——空気が変わる。
それは観客だけではなく、私たちも同じで、自然と顔に浮かべていた笑顔が消え、代わりに胸の奥にある何かを確かめるような感覚が広がっていく。楽しい、だけではない。この曲は——違う。
私はマイクを握り直し、一度だけ小さく息を吸った。
「⋯⋯次の曲は、ちょっとだけ雰囲気が変わります」
客席が静かにこちらを見る。騒ぐ人は誰一人としていない。ただ、待っている。そんな視線だった。
「この曲は、ファンの人が作ってくれた曲で⋯⋯私たちも、すごく大事にしてる曲です」
言葉にした瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
「聴いてください。『Re:Bloom』」
その言葉と同時に、音が落ちる。静かなピアノの旋律が、ゆっくりと体育館全体に広がり、照明が僅かに落とされ、白い光が私たちだけを切り取るように照らしていた。
私は一歩、ゆっくりと前に出る。歌い出しは、私だ。
「静かすぎる夜に」
声が、やけに綺麗に響いた。さっきまでのライブの熱とは違う、余計なものを削ぎ落としたような感覚で、言葉一つ一つを置いていくように丁寧に歌う。
「一人で立ち止まってた」
自然と視線が少しだけ下がる。照明の外に広がる客席は暗くてはっきりとは見えないが、それでも、そこに誰かがいることだけは確かに分かる。聞いてくれている、その気配だけで十分だった。
サーシャが静かに前に出て、柔らかい声で続ける。
「失くしたものばかり」
その声は、優しく包み込むようで、空気がさらに静まっていくのが分かる。
セリナが、ゆっくりと手を伸ばす。
「それでも消えない光が」
その動きに、自然と視線が引き寄せられる。
アリサが低く、強く、しかし抑えた声で重ねる。
「胸の奥にあった」
四人の声が、少しずつ重なり始める。派手な動きは無い。ただ歩き、視線を交わし、歌う。それだけなのに、さっきよりもずっと見られている、という感覚が強い。
「Re:Bloom」
サビに入る。私は顔を上げた。
「もう一度咲かせるよ」
その瞬間、客席の向こう側が、ほんの一瞬だけ見えた気がした。手を握っている人、じっとこちらを見つめている人、そして——目元を拭っている人。
息が、少しだけ詰まる。
「涙の跡に、光が差すなら」
——ちゃんと、届いてる。
配信じゃない。画面越しじゃない。この場所で、この瞬間に、直接。
「何度でも立ち上がる」
声に、自然と力が乗る。
サーシャが隣で歌い、セリナが笑い、アリサが真っ直ぐ前を見る。
「君となら怖くない」
「壊れた世界も」
「塗り替えていく」
そして四人の声が、ぴたりと重なる。
「ここからまた始めよう」
音が伸びる。静寂が落ちる。誰も声を出さない。それでも、空気が確かに震えているのが分かった。
そのまま二番へと入る。歩幅が揃い、四人で並び、自然と目が合う。
——大丈夫。
言葉にしなくても、それだけで通じる。
Cメロに入り、音がさらに落ちる。
「失うことが怖くて」
私はほんの少しだけ目を閉じた。思い出す。何も分からなくて、怖くて、それでも進むしかなかったあの日のことを。
「それでも君が笑うから」
顔を上げると、サーシャが泣きそうな顔で笑っていて、セリナが真っ直ぐこちらを見ていて、アリサが静かに頷いていた。
——ああ。
私は、ここに居ていいんだ。
「私はここに立てる」
ラストサビ。音が一気に広がる。私は迷いなく前に出た。
「Re:Bloom」
「何度でも咲かせるよ」
声を、届ける。
「過去も未来も 全部抱きしめて」
「私は進んでいく」
四人で前に並び、最後のフレーズへ。
「君となら越えられる」
「どんな世界も どんな運命も」
手を伸ばす。
「この手で変えていける」
そして——
「だから」
一瞬、音が止まる。
「もう一度ここで咲こう」
——静寂。
音が消え、私たちはそのまま動かない。息だけが揃っている。ほんの一瞬、本当に一瞬の空白。
そして。
ぽつりと、拍手が鳴った。それが次第に広がり、やがて体育館全体を満たす大きな拍手へと変わっていく。さっきまでの歓声とは違う、もっと深くて、重たい音だった。
私はゆっくりと顔を上げる。
——ああ。
やって良かった。
心の底から、そう思った。
隣を見ると、三人も同じ顔をしていた。




