36話
翌日、放課後。
私は学校の空き教室で、配信の準備をしていた。
見慣れた配信部屋とは違い、白い壁と黒板、少し古い机と椅子。生活感というより、どこか張り詰めた空気がある。
そして——後ろには、生徒会役員と担当の先生。
配信機材のチェックをしているふりをしながら、私は小さく息を吐いた。
⋯⋯緊張するな、これ。
隣を見ると、アリサは腕を組んで静かに立っているし、サーシャとセリナは少し不安そうにこちらを見ていた。
「⋯⋯よし」
私は覚悟を決めて、ダンジョン外配信用スマホの画面に手を伸ばす。
配信開始だ。
「フルールチャンネル!今日は学校からお届けします、リンネとー?」
「アリサと」
「サーシャと!」
「セリナだよー!」
『私たち、フルールです!』
『学校!?』
『え、教室じゃん』
『ガチで学校からで草』
『見えた。幼馴染のリンネちゃまと投稿する青い春が』
『制服激萌えでヤバい』
『文化祭の話きた!?』
『いとこがフルールと同じ高校だったんだ。今までで一番いとこの事が好きになった。現地行くぞおおお!!』
コメント欄は、いつも以上の勢いで流れていく。みんな私たちのライブが楽しみなんだ。この中には、高いお金を払って、文化祭の参加権を買った人もいるのかもしれない。
私は、意を決して口を開く。
「今日はね、文化祭について、大事なお知らせがあります」
その一言で、コメントの流れが一瞬だけ変わる。
『ん?』
『なんだなんだ』
『嫌な予感するんだが』
『中止とか言うなよ?』
教室の空気も、少しだけ張り詰める。
後ろに立つ先生の視線を感じながら、私はゆっくりと口を開いた。
「今回の文化祭、参加できるのは『生徒と、生徒の親族のみ』っていうのは、元々のルールなんだけど——そのルールが、ちゃんと厳しくなります」
『厳しく?』
『どういうこと?』
「参加できる親族は、父、母、兄弟、祖父母までに限定されます」
『うわ』
『いとこ無理か』
『まぁそれくらいせんと無理よな』
「それ以外の人は、今回は来場できません」
少しだけ、コメントの流れが荒れる。さっき見えた、我が校の生徒のいとこさんも、悲しんでいる様子だ。
『うわー!死んだー!!』
『行く予定だったんだが』
『きつい』
『まぁでもしゃーないか』
『悔やんでも悔やみきれない』
——大丈夫。想定内の荒れ方だ。何も気にせず、続きを話そう。
「それと、参加する親族は全員、顔付きの身分証を使って事前登録が必要になります」
『ガチじゃん』
『本人確認あるのか』
『転売完全終了で草』
「当日は、その登録情報をもとに、顔で本人確認を行います」
コメントの空気が、少しずつ変わっていく。
『無関係の人間は無理ゲーやな』
『噂の入場券オークション競り落としたやつ、息してる?』
『文化祭とは思えんほど、対策ちゃんとしてんなー』
『当然の対策』
私は小さく頷いて、次の話へ進む。
「それから——フルールのライブは、校内でも抽選制になります」
『えぐ』
『兄枠で参加ワイ、高みの見物から絶望へ』
『終わった』
「全員が見れる前提をやめて、人数をちゃんと管理できる形にします」
教室の後ろで、先生が小さく頷いたのが見えた。
「その代わり」
コメントの流れが、少しだけ緩む。
「ライブは、DIVEで配信します」
『!?』
『きたああああ!!』
『神神神神神!!』
『アーカイブ残りますか!?』
『助かる』
「アーカイブは残ります。投げ銭は権利関係で怖いので切りますが⋯⋯来れない人も、抽選に外れた人も、同じ時間を一緒に楽しめるようにします」
私は一度言葉を切り、画面の向こうの皆に届くように喋る。
「ちゃんと見えるように、ちゃんと楽しめるように、配信で届けます」
少しだけ、間を置く。
「文化祭って、私たちだけのものじゃないから」
コメントが、変わる。
『⋯⋯それはそう』
『良いこと言うな』
『ちゃんとしてるわ』
「来たいって思ってくれるの、本当に嬉しい。でも、その気持ちで無理させたくない」
私は、少しだけ笑った。
「だから今回は、ちゃんと楽しめる形でやらせてください」
数秒の沈黙。
そして——。
『配信で見るわ』
『応援する』
『安全第一だな』
『楽しみにしてる』
空気が変わったのが、はっきりと分かる。
さっきまでの行きたいが、応援したいに変わっていく。そんな感覚だ。
「ありがとう」
自然と、言葉がこぼれる。
「文化祭、絶対成功させるから。配信、楽しみにしててね」
『もちろん!!』
『待ってる!!』
『スパチャ用意しとくわ』
コメント欄が、一気に熱を取り戻す。でもその熱は、さっきとは違う。ちゃんと、前を向いた熱だ。
私は小さく息を吐いた。
横を見ると、サーシャがほっとしたように笑っていて、セリナは親指を立てていた。
後ろでは、先生が静かに頷いている。
——これで、大丈夫。
文化祭は、ちゃんと進める。




