35話
その日の放課後。
私は、アリサたち三人と宮園さんを連れて、生徒会室へ向かっていた。
廊下を歩く足音が、やけに大きく響く。
「リンネ、本当に大丈夫なの?」
「分かんない。でも、やるしかない」
心配そうなセリナに、私はなんとも言えない笑顔を返す。上手く行くかは、言ってみないとなんともいえないな⋯⋯。
意を決して、生徒会室の前に立つ。
一度だけ深呼吸して、ドアをノックした。
「失礼します」
中に入ると、既に数人の生徒会役員と、担当の教師が座っていた。
空気が、重い。
「西条さん。話は聞いてるわ」
生徒会長の先輩が口を開く。
机の上には、資料が広げられていた。来場者予測、警備体制、想定トラブル——全部、赤字だらけだ。目に入るだけの情報でも、学校側で色々手を拱いていたのが理解できる。
「正直に言うね。このままだと、文化祭は中止になる可能性が高い」
やっぱり、そうか。私は、生徒会長の言葉をストンと受け入れた。
——でも。
「それでも、やりたいです」
私は、一歩前に出た。
「文化祭、無くしたくないです」
一瞬、部屋の空気が止まる。
「⋯⋯気持ちは分かる。でも、これは気持ちの問題じゃないの」
教師が静かに言う。
「安全管理が出来ない以上、開催は出来ない。何かあってからじゃ遅いんだ」
正論だ。
——しかし。
「対策、考えてきました」
私は、宮園さんの方を見る。
宮園さんは、ほんの少しだけ頷いた。
「まず、参加できる親族の範囲を、親兄弟と祖父母だけに限定します」
「かなり絞るね。叔父叔母、従兄弟なんかは、親族によっては、かなり近しい距離感の所もあるだろう。そこを削るのは⋯⋯なかなか反発が出そうだけど?」
生徒会役員の一人が、素早く指摘してくる。これは想定済みだ。⋯⋯というか、私が宮園さんにした質問そのものだ。
「反発は出ると思います。でも、現実問題、どこかで線を引かないと、収拾がつきません」
「⋯⋯続けたまえ」
私の言葉に、教師が反応を示す。よし、このまま畳み掛ける!
「次に、参加する親族は全員、事前に顔付き身分証を提出して登録してもらいます」
「⋯⋯登録?」
「はい。当日はその登録情報を元に、顔で本人確認を行います」
少し空気が変わった。教師は腕を組み、難しい顔をする。
「意見としては正しいと思う。だが、個人情報の管理、そもそもの顔付き身分証を登録するフォーマットの整備が難しい。顔さえ割れていれば、当日の顔確認はそう難しくないが⋯⋯」
「そこは外注すれば良いんじゃないでしょうか」
思わぬ反論に何と答えたら良いか困っていると、すかさず宮園さんが参加してきた。
「外注⋯⋯しかし、そんな費用は無いぞ?」
「私の姉が、フルール⋯⋯天宮たちのファンなんです。姉はWEBアプリの開発会社を経営していて、この手の案件には慣れています」
「しかし、親族とはいえ無償という訳には⋯⋯。それに、こういうのは私たちの独断で決めるわけにも——」
「お金と責任は、私が取ります!」
不思議と、自然にそんな言葉が口を滑った。私は何を言ってるんだ。
いやでも、絶対に文化祭は成功させたい。色んな大人の事情があると思うけど⋯⋯それでも!
そこに、宮園さんが口を挟む。
「姉貴には、天宮がちょっとファンサしてあげればプライスレスになるよ」
宮園さんがニヤリと笑う。プライスレス⋯⋯恐ろしい響きだ。宮園さんは、続けて教師と生徒会に語りかける。
「学校側的には、全部私が自分でやった事にして、本人確認のサイトなんかも私が用意したものを使って⋯⋯みたいな感じで、あくまで生徒が自主的に無償でやった事にすれば、そんなに問題にならないんじゃないっすか?」
「⋯⋯宮園。お前、それお姉さんの受け売りか?」
「いや、私が考えました。実際、サイトの作り方やらは姉貴に教えてもらって基本は私が作るし、チェック作業は全部生徒側で行う。これなら何かあっても、本当のことだから切り抜けられるっしょ」
「⋯⋯はぁ。分かった。ただし、その仕組みをそのまま使うんじゃない。学校管理下で運用する。責任の所在だけは曖昧に出来ない。あと西条。責任は学校が負う。子供が軽々しくそういう事を言うな」
教師は頭をガシガシとかいた後、渋々了承した。⋯⋯すごい!
「宮園さん!私もサイト作り手伝うよ!」
「いや、私は元々少なからずコーディング出来るから。何も出来ない西条が居ても足手まとい」
足手まとい⋯⋯足手まといかぁ⋯⋯。ショックで膝から崩れ落ちそうになるのを堪え、せめて親族チェックだけは手伝わせて欲しいというと、そちらは「人手足りないんだから、手伝わせるに決まってんでしょ」と言われてしまった。ですよね。
でも、これだと宮園さんの負担がデカすぎる。実質、お姉さんはアドバイザーであり、実作業は宮園さんがするのだ。IT?の事はよく分からないが、お姉さんの会社が何をしてくれるのかは分からないけど、今聞いただけだと宮園さんが大変すぎる。
「宮園さん⋯⋯」
「良いんだよ。私のエゴだから。西条が申し訳なさそうな顔すんなっつーの」
それは難しい。そもそも、私のせいでこんな事になったんだ。何か報いられると良いけど⋯⋯。文化祭終了までに、宮園さんと仲の良い子に相談してみよう。
そんなこんなで本人確認の件が教師陣に了承されると、宮園さんが仕切り直して話を続ける。
「今問題なのって、どうせバレないで入れるって思われてることなんで。本人確認をしっかりしてそこ潰せば、そもそも来ようとする人減りますよね」
「⋯⋯その通りだな」
教師もしっかり頷く。確実に、この場の空気を宮園さんが支配していた。
「⋯⋯続けて。まだあるんでしょう?」
生徒会長が促す。そうだ。私はこの説明をするために来たんだ。いつまでも宮園さんに頼り切りじゃダメだ。
私は息を整え、口を開く。
「フルールのライブは、校内でも抽選制にします。全員が見れる前提をやめます」
「それは⋯⋯不満が出るんじゃない?」
「自分で言うのも何ですが、たぶん出ます。でも、それを前提にします」
私は、しっかりと言い切る。
「人数を管理出来る状態を作らないと、学校側の負担が大きすぎるので」
教師と生徒会が顔を見合わせる。
——手応えはある。
「そして最後に」
一度区切り、言葉を続ける。
「私たちのステージは配信します。DIVEで、生配信です」
教師が目を細める。
「配信⋯⋯か」
「はい。来れない人、抽選に外れた人でも、ちゃんと楽しめる環境を作ります」
数秒の沈黙。
私は続ける。
「来れないから終わり、じゃなくて、来れなくても楽しめる状態を作ります」
部屋が静まり返る。
生徒会長がゆっくりと口を開いた。
「⋯⋯理屈は通ってるわね」
教師も頷く。
「完全にリスクをゼロには出来ないが、現状よりは大幅に改善されるな」
そして——。
「条件付きで、許可する」
「——っ!ありがとうございます!」
「ただし。本人確認の運用は学校主導で行う。西条⋯⋯凛音、有紗、紗々、芹那と宮園にも手伝ってもらうが、そこは教師陣が最終チェックを行う。あと、配信も教師立ち会いのもとで実施すること」
「はい!」
「それと」
一拍置いて。
「絶対に問題を起こさないこと」
私は真っ直ぐ頷いた。
「はい。絶対に成功させます」
——こうして。
文化祭は、繋がった。




