28話
某国某所。太平洋に浮かぶ、地図に無い島を全て使い建設されたこの拠点には、各国のセレブや閣僚、時の権力者たちが集う。誰も彼もが仮面を被り、その正体をお互いに明かすことは無い。金で買える大抵のものを手にし、それでも心が満ち足りない者ばかり集まるこの島には、まさしく異様な光景が広がっていた。
彼らは、世界を裏で操る秘密組織だ。今日はその集会があり、今日の目玉は、秘密組織の中だけで行われる『エリクサー』のオークション。その予定だった。
オークションを執り行っている男は、苛立ちを隠すことなく呟く。
「遅かったな、ノクス——」
その言葉の先には、アリサと戦った黒コート⋯⋯ノクスの姿があった。
「さぁ、エリクサーを出せ」
「回収は不可能だった」
「⋯⋯なに?」
男の圧が場を支配する。しかし、ノクスはそれを物ともしない。
「貴様⋯⋯!」
「任務失敗だ。違約金は既に振り込んでおいた」
「そういう問題では無い!!」
男は怒りのままにノクスに殴り掛かる。ノクスは小さく溜め息を吐くと、その拳を優しく握って止めた。
「俺はアイツらと戦闘になり、敗北した」
「そんな⋯⋯ッ!有り得ないだろうが!!」
男が怒るのも無理は無い。
ノクスは、世界に7人しかいない『特級』の1人だ。正確には『特級相当』であり、これはWIO所属でない為だ。WIO所属の特級が4人、野良の特級相当が3人。ここに、先日フルールの4人がWIO所属の特級として加わった形だ。
特にノクスは、特級の序列において2位——個人戦闘最強——の実力を持っている。そのノクスが負けるなど、男からすれば信じられる話では無かった。
「現実は俺の完膚無きまでの敗北だ。あのまま戦っていれば死んでいたかもしれない。それに、アイツらは『群れ』だ。俺を超える化け物が連んでいる可能性が高い」
「ノ、ノクスを超える人間が⋯⋯4人⋯⋯!」
男はグッと拳を握る。ノクスの実力と実績を知っているからこそ、ノクスの言っていることが、どれだけ絶望的な状況か理解したのだ。
ノクスは、顔を変えずに静かに言う。
「今の俺では、赤髪の女に届かない。しかし、時間をかけ鍛えれば、勝てる可能性は少しは出てくるかもしれん」
ノクスの言葉に、男はパッと明るくなる。しかし、それに被せるようにノクスは言う。
「だが——あちらの方が伸びるだろう」
「な、なに!?」
「アイツらは若い。まだ未完成の筈だ。それでいてあの強さ⋯⋯」
「つまり⋯⋯」
「放置していれば、間違いなく手がつけられなくなるだろう」
ノクスの言葉に、男は声を失う。既にノクスを超えていて、それでいて尚伸び代があり、そのスピードはノクスを超える。もしそうなれば、いよいよ誰の手にも付けられない。その気になれば、自分たちのような者たちは、塵芥に変えられる危険性も持っている。
その時、一人の男の声が聞こえる。
「ふふ⋯⋯それはそれは」
静かに、しかし確実に場を侵食する声。
白髪をオールバックに纏めた筋肉質の男は、白のスラックスを履き、上は黒のレザージャケットだけを羽織る。ジャケットの下には、彼の鍛え抜かれた筋肉が惜しみ無く露出されていた。
「貴方が負けた⋯⋯。これはまた、随分と興味深いお話ですねぇ」
丁寧な言葉遣いだが、人の神経を逆撫でするような喋り方。ニヤニヤと笑っているのに、その目は一つも笑っていない。不気味な存在。
「ディオス⋯⋯」
「しかも未完成で、尚且つ成長する、と。⋯⋯えぇ、素晴らしい。実に素晴らしい」
「⋯⋯」
ディオスと呼ばれた男の言葉に、ノクスは何も答えない。
「それで?どうだったのですか、その赤髪の少女は?」
「⋯⋯お前には関係ない」
「そんな事言わないで、教えてくださいよ!ノクス!」
「⋯⋯先ほど伝えた通りだ。俺より強い。勿論、お前よりもな」
「⋯⋯でしょうね。ノクスに勝てない相手だ。私が真正面から戦って、勝てる道理は無いでしょう」
ディオスの口元が、僅かに歪む。
「真正面から、ならね?」
「外道が」
ノクスは、視線すら向けない。
「嫌ですねぇ。私は特級序列3位——総合力最強、ですよ?あの手この手を使うのなんて、当たり前じゃないですか?」
ディオスは、ゆっくりと歩み寄る。
その足取りは静かだが、確実に“圧”を伴っていた。
「私はねぇ、強くて綺麗なものが好きなんですよ。彼女たちはまさに、強くて綺麗で⋯⋯素晴らしい!そんな彼女たちが壊れる瞬間が、一番美しいと思いませんか?」
「思わないな」
ノクスは即答した。
「俺は、俺のやり方で動く。必ず奴らに勝つ」
「ふふふ⋯⋯それまで彼女達が生きていれば良いですねぇ」
「⋯⋯クズが。手を出せば殺す」
一瞬。空気が凍った。それは、ノクスが放った殺気によるものだ。その殺意は凄まじく、近くにいた男は腰を抜かし⋯⋯そのズボンには染みができていた。
だが。
「⋯⋯ふふっ」
ディオスは、笑った。
「先に、貴方を壊してあげましょうか?ノクス」
「やれるものならやってみろ、雑魚が」
「⋯⋯嫌だなぁ、冗談ですよ」
ディオスは、あっけらかんとノクスの殺気を笑い飛ばした。両手をふりふりと上げ、降参のポーズを取るディオスに、ノクスは殺気を緩める。
「ですが——」
ディオスの目が、細くなる。
「いずれ、嫌でも巻き込まれますよ。私の“遊び”にねぇ」
ディオスは誰にも聞こえないように呟く。そして、今度はしっかりノクスに聞こえるよう、ノクスに問いを投げた。
「で?これからはどうするのですか?」
「まずは力を付ける」
「そんな悠長なことを言っていて良いんですか?」
「問題ない。奴らが成長する前に、俺が今より強くなる。そして——」
ノクスはそこで言葉を区切ると、ニヤリと笑う。
「一人ずつ殺す」
その答えに、ディオスはゆっくりと、深く笑った。
「⋯⋯えぇ、えぇ。結構」
ですが、とディオスは言葉を繋げる。
「それだけでは足りませんねぇ」
「?」
ノクスが首を傾げると、ディオスは悪魔のような笑みを浮かべる。
「壊すのですよ、全部。心も、関係も、信頼も——何もかも」
ノクスの視線が、僅かに鋭くなる。
「⋯⋯手を出す気か?さっきも言ったが、手を出せば殺す」
「ふふ、えぇ。存じております」
「お前とは気が合わないな」
「私もそう思いますよ。貴方は冗談が通じなくて面白くない」
価値観は、交わらない。
だが——向かう先は同じだった。
フルール。その存在は。
確実に、世界を狂わせる核になりつつあった。




