25話
「ッ!ちょこまかと!」
「⋯⋯⋯⋯」
本気になったアリサのラッシュが、黒髪の男に降り注ぐ。男はそれらを紙一重で避け、防いでいく。しかし、10発に1発は、アリサの拳が男の顔や腹部に当たり、少しづつダメージは与えられているようだ。
「リンネさん!『完全回復』!」
「リンネ、大丈夫!?」
「サーシャ!セリナ!」
私を回復魔法の光が包んだ。声の方を見ると、サーシャをお姫様抱っこしたセリナが駆けてきた。大したダメージでは無かったが、地球に帰ってきてから初めてのマトモなダメージに、サーシャも慌てたのだろう。セリナも心配そうに私を見つめていて、いつもの元気な悪戯っ子ぽさが掻き消えている。
心配をかけてしまったようだ。申し訳ない。
私は大丈夫であることを二人に伝え、安心させる。そしてセリナに、目の前の男について聞いた。
「セリナ、あいつどれくらい強い?」
「『全能力超向上』をリンネに、『全能力超低下』をあの男にかけた状態で、リンネが『雷纏』を使えば、リンネの方がステータス上は勝つと思う。だけど、それに加えて槍ありで戦っても、ギリでリンネが負けると思う」
「つっよ」
ステータス上は支援込みで私の勝ち。なのに武器あり、向こうは武器無しで戦っても私が負けるのか⋯⋯。なら、私がアイツに勝つには魔法を——『雷神の槍』以外の、直接攻撃魔法を使うしか無いレベル、という事だ。ヤバいな。
「じゃあアリサとアイツなら」
「間違いなくアリサが勝つ。ただ、アイツはアリサにとって相性悪いタイプだよ。本当は私が戦った方が良さそうなんだけど」
「キレたアリサさんの戦いに割り込むの、結構命懸けですもんね⋯⋯」
なるほど、アリサなら勝てるが相性が悪いタイプか。あれがアイツの全力——つまり、スキルが身体強化系統の能力を使った結果であれば問題無い。しかし、あそこから更に強くなるスキルである場合、相性を加味してワンチャン無いことも無いのかもしれない。
確かにアイツの動きはめちゃくちゃ速い。本来なら、スピードタイプのセリナが戦うべき相手だろう。
「⋯⋯てか、あれ?」
その時、私は違和感に気付いた。
アリサの攻撃は、10発に1発ダメージを与えているはずだ。その威力は、5発も喰らえば行動不能になるレベルの、重たい一撃だ。
しかしあの男は、既に9発受けているのに、呼吸も動きも崩れていない。表情一つ変えずに、淡々とアリサの攻撃を凌いでいた。
どこまでも規格外。こんな奴が地球に居たなんて。
「⋯⋯強いな」
そんな事を考えていると、男がボソリと呟く。ようやく感想を話した⋯⋯ワンチャン人間じゃないロボットとかなんじゃ無いかと思った。
「——だが、これなら追い越せる。——終点加速起動」
——その瞬間、世界が音を立てて歪み、何もかもが引き伸ばされる感覚に陥る。音が消え、空気が止まる。何が⋯⋯。
アリサの方を見ると、アリサのパンチを両手で止めていた男が、片手で止めていた。アリサの顔に、初めて驚愕の色が見えた。
そう思った次の瞬間には、男の姿がブレた。
「っ!——右!」
「遅い」
アリサはギリギリ目で追えたのか、一瞬反応を見せた。しかし、その次にはアリサの体がくの字に折れる。
「ッ——!」
その途方も無い衝撃が、遅れて私たちの元へと届いた。盾が無いとは言え、一撃の蹴りでアリサを吹き飛ばす。そんなの、見た事が無い。
⋯⋯見えなかった。何が起きたのか、サッパリ分からなかった。
バッとセリナの方を見ると、目を見開き、笑っているのか困っているのか分からない、微妙な顔をしていた。
「セリナ、見えた?」
「私はね。でもあれ⋯⋯あの瞬間、スピードだけなら私に肉薄するレベルまで上がったよ⋯⋯!」
「えっ!?」
異世界でのスピードスターであるセリナ。そのセリナに、スピードで迫ることの出来るあの男。何者なんだ。違和感は間違いなく、『終点加速』と発言したスキル。スキルは、魔法と同じで名前の口頭発言が必要になる。名前と能力から察するに、超常的なスピードの向上。並の身体強化とかとは比べ物にならない程のスピードアップ⋯⋯。
男は、吹き飛ぶアリサに次々と追い打ちをかける。先ほどまでと異なり、アリサはそれを防御するのに手一杯な感じだ。
一秒、二秒——まだ終わらない。
そして連撃の最後、キックが直撃したアリサは、近くのビルに吹き飛ばされる。
視界の端で、男の動きが僅かに鈍ったのが見えた。しかしそれどころでは無い。
「アリサ!!」
私が思わず名前を呼ぶと、瓦礫が大きな音を立てて弾け飛んだ。
「⋯⋯はは」
弾け飛んだ瓦礫の砂埃で見えないが、その奥からアリサの声が聞こえる。
アリサは、口元に血を滲ませながら笑っていた。
「面白いじゃない⋯⋯そういうの、嫌いじゃないわ。私も久しぶりに、本気中の本気、見せてあげる」
次の瞬間、今度はアリサが消える。
またもや見えなくなり、男の方を見ると、異世界の装備、それもアリサの対個人戦闘用の最強装備を身に着けたアリサの拳が、男の顔面を真正面からぶち抜いていた。
「!?ぐはっ!」
凄まじい衝撃音と共に、初めて明確に男が吹き飛んだ。
地面を何十メートルも転がった男は、その動きを利用して辛うじて起き上がると、初めてほんの僅かに口元を歪める。
「⋯⋯お前ほどの強者は、初めてだ」
男は口から血の塊を吐き出して笑うと、再度アリサと戦うため、戦闘の構えを取った。
——第二ラウンド。ここからが本番だ。




