第109話 異変
その夜、深い深い霧が立ちこめていた。
地の奥深くから立ちのぼり
低い位置からゆっくりと空気の色を変えていく。
酒を飲んだ帰り道、ふらついて倒れた男が最初に目にした。
暗がりから手を伸ばして近づく気配。
男は冒険者だったこともあり、運良くその時は逃げた。
俊敏に起き上がり、また倒れそうにはなったが
命からがら逃げ出した。
ソレは絶対に対峙してはいけないものだったから
正解だったのだが家にたどり着いた男は頭を抱えた。
二度と目にすることのない
記憶の片隅に追いやっていたあの目。
「ゆ・・・許してくれ。ノア!!頼む・・・頼む・・・
俺は・・・もう・・・。」
その視線は、男と目があった瞬間からずっとついてきた。
言いたいことがあるかのように見開き
責めているのか、呪っているのか。
男は思い出す。自分がリーダーを務めていた冒険者グループ5人で
洞窟で戦っていた際、気づかぬうちに女が1人消えた。
自分の婚約者であったため
ひどく取り乱したがまずは仲間のために
安全確保しつつ捜索した。
いくら探しても見つからず、ずっといるだけの備蓄もなく
仲間と町へ戻りパーティーを解散した後
改めて男は戻った。もしかしたらと。
そこで男が見たものは、凄惨な光景だった。
あと少し捜索範囲を広げていれば
もう少し長く耳をすませていれば
せめてもう一つ壁の向こうを覗いていれば
生きていたかもしれない彼女の亡骸に1人泣き縋った。




