野次馬
(え、なんかめっちゃキレてるのでは?)
黒板に張り出された手紙を手早く手に取り、小さく折り畳み、ズボンのポケットに突っ込む。その所作は柄になく少し荒々しい。
皆が期待したのは、普段は精悍で淡々とした少年が羞恥で苦し紛れの言い訳を並べる姿。だが、その語気や態度に含まれる羞恥の割合はごく僅かで、それ以上に困惑や強い憤りが滲み出ている。彼がここまで感情的になるのを目の当たりするのはこの場にいる誰にとっても初めてのことで、想定を超える修羅場と化したこの状況に身動きが取れずにいる。
「ちょっと、折小野いる?」
その冷え切った声に、野次馬たちが一斉に辺りを見渡す。
だが当人は学年でも1、2位を争うくらいに登校時間が遅い。朝礼まで残り3分程度ということは、まだまだ余裕綽々で呑気に歩いているところだろう。
「ま、まだ来てねーな、いつもだけど」
さっきまでウキウキで紀野君の登場を待っていた伊勢が、顔色を窺うように答える。
「まあいいや」
全然そんな風に思っていないことは、誰の目にも歴然としている。そしてはっきりと明言した。
「これ、簡単に言うと折小野が勘違いして勝手に書いたやつだから。先週ゴミ箱に捨てさせたから何でこんなことになってるかわかんないけど、村田にも失礼だし、あんま騒がないでもらえると助かる」
野次馬たちはばつが悪そうにお互いの顔を見て「だってさ」とか「なんだ」などと呟いている。
「あと、」
圧力のある声で紀野君が付け足す。
「村田は普通に友達で、別に好きとかではないから。あっちにも迷惑だからやめてね」
逃げるように解散しかけた生徒たちにもう一度釘を刺す。
その言葉に私の周りにいた友人も席へと戻り、視界が開ける。後ろのドアの方に目をやると、隣のクラスの女子たちに挟まる、やや折れ曲がった澪の姿を見つけた。
(澪、いたんだ、)
紀野の語気に澪の動きも止まっている。無表情だか、その視線は焦点が定まっていないようだ。
気づけば朝礼まで残り1分程度となるが、教室はその気まずさからいつもより談笑が少なかった。
ちょうどその時、廊下の奥から担任の声が響いてくる。
「何やってるー、教室入れー」
その声に、パタパタと上履きの音が響く。隣のクラスの人たちが、足早に去っていくのが横目で見えた。
「今日も相変わらず滑り込みだな、お前さんは」
うちの担任は友達のような距離感を取るタイプの教師だ。河田という苗字なので、安直に「かわせん」と呼ばれている。
「ういっす、間に合えば何でもいいんすよー」
その声は紛れもなく渦中の人間のものである。
「はよーございまするー」
誰にというわけでもないその挨拶と共に、折小野敬太が小走りで入場して来た。その刹那、元々落ち着いていた教室が、緊張感と共に静寂に包まれる。皆の視線は鋭い矢の如く彼に突き刺さる。
「え、なに、なにこの感じ」
普段から調子が良く、少し空気が読めないところがある彼も、流石に顔を引き攣らせる。
「なんかいつにも増して静かだな、何があったのか?」
担任も疑問というより心配が上回っているようだ。
折小野が辺りの様子を気にしながら席に着いた時、ちょうどチャイムが鳴った。
「それじゃあ朝礼始めるぞー」
担任は教室の雰囲気を窺う様子を見せつつ、いつものように朝礼を始める。
普段よりもややどんよりとした挨拶で1日が始まったのであった。




