第96話 橘尚哉は分かっていない。
昨日の帰り道。
少しだけ空気が悪くなった。
喧嘩というほどではない。
でも。
いつも通りではなかった。
尚哉は登校しながら昨日のことを思い出していた。
正直、何が悪かったのかよく分からない。
白鷺が気にしていたことは分かる。
でも理由が分からない。
それが妙に引っ掛かっていた。
教室へ入る。
六花はもう来ていた。
目が合う。
「おはよう」
「おう」
挨拶はした。
でも少しぎこちない。
それだけで尚哉はちょっとテンションが下がるのを感じた。
◇
昼休み。
焼きそばパンを食べていると、小春が机を叩いた。
「橘くん」
「何?」
「ちょっと来て」
「嫌だ」
「来て」
「嫌だ」
「来い」
有無を言わせない顔だった。
尚哉は諦めた。
廊下へ連れ出される。
「何やったの」
開口一番だった。
「何も」
「六花ちゃん拗ねてたけど」
「知らん」
「知らんことないでしょ」
小春は即座に返した。
「…最近なんか六花ちゃんに隠してるでしょ」
尚哉は少しだけ黙る。
小春は腕を組んだ。
「はい吐けー」
「刑事かお前は」
「いいから言え」
数秒。
尚哉はため息を吐いた。
「誕生日」
「うん?」
「白鷺の」
「あー」
小春が妙に納得した顔をする。
「プレゼント考えてる」
一瞬。
小春が固まった。
「それだけ?」
「それだけだ」
「なるほどねぇ」
「何だよ」
「橘くんさ」
「ん?」
「馬鹿だね〜」
「なんでだよ」
本気で分からなかった。
小春は呆れたように笑う。
「六花ちゃんはプレゼント欲しいんじゃないよ」
「はあ?」
「…頼ってほしいの」
尚哉は黙った。
「だって六花ちゃんだよ?」
小春は続ける。
「誰かが困ってたら放っとけないじゃん」
「まあ」
「なのに彼氏が何か悩んでそうなのに相談してくれない」
「……」
「そりゃ寂しいよ」
尚哉は言葉を失った。
そんなつもりじゃなかった。
隠していたのは驚かせたかったからだ。
喜んでほしかったからだ。
ただそれだけだった。
でも。
白鷺から見たら違うのか。
「……面倒な話だな」
「それが恋愛だからね」
小春は悪戯っぽく笑った。
◇
放課後。
ホームルームが終わる。
六花は鞄を持ちながら小さく溜息をついた。
昨日のことが少しだけ残っている。
気まずいわけではない。
でもやっぱり引っかかっていた。
「白鷺」
尚哉が声を掛ける。
「ん?」
「昨日」
六花は少しだけ身構えた。
「……うん」
尚哉は視線を逸らす。
それから短く言った。
「…悪かった」
「え?」
「相談しなかった事」
六花は目を瞬く。
その言葉だけで十分だった。
尚哉なりに考えていたのだと分かる。
「私も」
六花は小さく笑った。
「言い方が悪かったと思う」
「そうか?」
「少しだけ」
二人とも少しだけ笑う。
昨日から残っていた重さが、少しだけ軽くなった気がした。
そしていつものように二人で帰り道を歩き始める。
夕方の風が吹く。
駅へ向かう人たちが横を通り過ぎていく。
「で」
六花が言った。
「結局何隠してるの?」
尚哉は一瞬だけ固まる。
「言わない」
「またそれ」
「すまん今回だけ」
六花は少しだけ頬を膨らませた。
でも昨日ほど嫌な気持ちにはならなかった。
「……じゃあ待つ」
「ああ」
尚哉は頷く。
その返事に嘘がないことくらいは分かる。
だから待てる。
並んで歩く。
時々二人の肩が微かに触れる。
それに六花は気づいている。
◇
橘尚哉は分かっていない。




