第97話 白鷺六花は受け取る。
六花の誕生日。
教室へ入ると、すぐに小春が駆け寄ってきた。
「六花ちゃん、お誕生日おめでとう!」
「ありがとう」
六花は少し照れながら笑う。
小春は小さな紙袋を差し出した。
「はい、これ」
「え、いいの?」
「もちろん!」
中には可愛いハンカチが入っていた。
灰原も少し遅れてやってくる。
「白鷺、おめでとう」
「ありがとう」
「何が欲しいか分からなかったから菓子にした」
「すごく嬉しいよ」
六花がそう言うと、灰原は少し安心したように笑った。
尚哉はいつも通り席に座っていた。
特別なことを言う様子はない。
それが少しだけ気になった。
けれど。
期待している自分に気付いて、六花は慌てて視線を逸らした。
◇
昼休みも、放課後も。
尚哉はいつも通りだった。
いつも通り話して。
いつも通り少し無愛想で。
いつも通り隣にいる。
それだけで十分だと思う。
十分なはずだった。
でも。
ほんの少しだけ。
本当に少しだけ、気になってしまう。
覚えているのかな。
忘れているのかな。
そんなことを考えてしまう自分が、少し恥ずかしかった。
◇
放課後。
二人で帰り道を歩く。
夕方の風が少し涼しい。
駅へ向かう道の途中で、尚哉がふと足を止めた。
「白鷺」
「ん?」
「今日、まだ時間あるか」
「あるけど」
「寄りたいところがある」
六花は目を瞬いた。
「どこ?」
「すぐそこ」
連れてこられたのは、以前二人で入った雑貨店だった。
初デートの日に、ガラス細工を見た店。
六花は思わず店内を見回す。
小さなライトに照らされた棚には、透明な雑貨や小物が並んでいた。
尚哉は迷わず一つの棚の前へ行く。
そして、小さな箱を手に取った。
「これ」
そう言って差し出す。
青いリボンのかかった箱だった。
「誕生日おめでとう」
六花は固まった。
言葉がすぐに出てこない。
「……覚えてたの?」
「忘れてない」
「だって、今日ずっと何も言わないから」
「タイミングが…分からなかった」
尚哉は少しだけ視線を逸らす。
「あと、渡すならここがいいかと思って用意した」
六花は差し出された箱を両手で受け取った。
指先が少し震えている。
「開けてもいい?」
「ああ」
リボンをほどく。
箱を開ける。
中に入っていたのは、小さなガラス細工だった。
透明なガラスの中に、青い花が咲いている。
その隣に、白と黒のハチワレ猫がちょこんと座っていた。
「……かわいい」
思わず声が漏れる。
青い花と小さな猫。
きらきらしたガラス。
全部が可愛くて。
全部が、六花の好きなものだった。
「前に好きそうだって言ったやつ、見てただろ」
尚哉が言う。
「あと、猫も」
「猫?」
「白黒のやつ、可愛いって言ってた」
六花は目を瞬いた。
そんなことまで覚えていたのか。
自分でも忘れかけていたような、何気ない言葉だった。
「最近ずっと、これ考えてたの?」
「まあ」
「だから相談してくれなかったんだ」
「驚かせたかった」
尚哉は少しだけ気まずそうに言う。
「でも、余計な心配させた」
六花は首を振った。
「ううん」
胸の奥が熱くなる。
嬉しい。
ただ嬉しいだけじゃない。
自分の言葉を覚えていてくれたこと。
自分のために悩んでくれたこと。
それを、今こうして渡してくれたこと。
全部が嬉しかった。
「ありがとう」
六花はガラス細工を大事そうに抱える。
「すごく…すごく嬉しい」
「ならよかった」
尚哉は短く言う。
その声は緊張から解放された時のように聞こえた。
◇
店を出る頃には、空が赤く染まり始めていた。
二人は並んで歩く。
六花は何度も箱の中を覗いてしまう。
「そんなに見るものか?」
尚哉が聞く。
「見るよ」
「そうか」
「だって嬉しいもん」
素直にそう言うと、尚哉は少しだけ目を逸らした。
「壊すなよ」
「壊さないよ」
「白鷺、たまに危なっかしいし」
「ひどいなぁ」
六花は笑う。
尚哉も少しだけ笑った。
昨日までのすれ違いが、嘘みたいだった。
でも。
すれ違ったから分かったこともある。
尚哉は不器用だ。
説明が足りない。
何を考えているのか分かりにくい。
けれど。
ちゃんと見てくれている。
ちゃんと覚えていてくれる。
ちゃんと、自分のために悩んでくれる。
それが分かっただけで、十分だった。
◇
駅が近付いてくる。
別れ道も近い。
六花はガラス細工の箱を抱えたまま、尚哉を見た。
「大事にするね」
「ああ」
「本当に」
「分かった」
いつも通りの返事。
でも、六花にはそれで十分だった。
ふと、駅前の掲示板に夏祭りのポスターが貼られているのが見えた。
色とりどりの提灯。
花火。
屋台。
もうすぐ夏祭りがあるらしい。
「ねえ、橘くん」
「ん?」
「来週のお祭り、一緒に行かない?」
言ってから、少しだけ恥ずかしくなる。
でも今度はちゃんと言えた。
尚哉はポスターを見て、それから六花を見る。
「行こう」
すぐに答えた。
六花は笑った。
「即答だね」
「行きたいから」
「そっか」
胸の奥が温かくなる。
素敵な誕生日プレゼント。
青い花。
白黒のハチワレ猫。
そして、来週の約束。
嬉しいものが一つずつ増えていく。
六花は箱を抱きしめる。
今日という日を、きっとずっと忘れないと思った。
白鷺六花は受け取る。




