第95話 白鷺六花は拗ねている。
最近。
尚哉の様子が少し変だった。
最初は気のせいだと思った。
けれど、やっぱり気になる。
昼休み。
帰り道。
何か考え事をしていることが増えた。
スマホを見る回数も増えた気がする。
話しかければ普通に返事はする。
でも時々、どこか上の空だった。
六花は純粋に心配していた。
◇
放課後。
二人はいつものように帰り道を歩いていた。
付き合う前から何度も歩いた道。
今では当たり前になった時間。
だからこそ、小さな違和感が気になる。
「橘くん」
「ん?」
「最近、何かあった?」
尚哉は少しだけ首を傾げた。
「別に」
返事はいつも通りだった。
けれど。
その言葉が妙に引っ掛かる。
「本当に?」
「本当に」
「そっか」
六花は頷いた。
でも納得はできなかった。
少しだけ沈黙が落ちる。
夕方の風が吹く。
駅へ向かう人たちが横を通り過ぎていく。
「……」
六花は隣を歩く尚哉を見た。
何かを隠している気がする。
でも聞いてほしくないなら無理に聞きたくはない。
だから余計に困ってしまう。
◇
「私ね」
六花がぽつりと言う。
「橘くんの力になりたいんだ」
「なってるだろ」
尚哉はすぐに答えた。
「いや、そういう意味じゃなくて」
六花は少し笑う。
嬉しい。
でも。
言いたいことは少し違う。
「彼女になったからさ」
「うん」
「何か困ってるなら聞きたいし」
「……」
「相談してほしいなって」
尚哉は黙った。
その反応を見て、六花は少しだけ後悔した。
重かっただろうか。
困らせただろうか。
そう思った時だった。
「別に相談するようなことじゃない」
尚哉が言った。
「でも気になるよ」
「気にしなくていい」
「気になるんだもん」
「気にするな」
「それは無理だよ」
六花は思わずそう返した。
◇
尚哉は困った顔をする。
六花も困った。
二人とも相手を困らせたいわけじゃない。
でも噛み合わない。
「……もういい」
六花は前を向いた。
少しだけ拗ねた声になってしまう。
「白鷺」
「別に」
反射的に返してしまった。
言った瞬間、自分でも子供っぽいと思った。
尚哉も同じことを思ったらしい。
「それ俺のやつだろ」
六花は少しだけ笑いそうになった。
でも笑わなかった。
「もう知らない」
そう言って前を向く。
尚哉もそれ以上は何も言わなかった。
◇
駅へ着く。
いつもより少し静かな別れ際だった。
「じゃあ」
「うん」
「また明日」
「ああ」
それだけ。
いつもと同じ言葉なのに、少しだけ距離を感じた。
◇
電車へ乗り込む。
ドアが閉まる。
窓の向こうには尚哉が立っていた。
六花は小さくため息を吐く。
怒っているわけじゃない。
嫌いになったわけでもない。
ただ少し寂しかった。
恋人になったから。
もっと頼ってほしいと思ってしまった。
それだけだった。
電車が動き出す。
遠ざかっていく尚哉を見ながら、六花は少しだけ頬を膨らませた。
「……ばか」
もちろん聞こえるはずもない。
◇
白鷺六花は拗ねている。




