第91話 朝比奈小春はあっさり気付く。
翌日。
六花は教室の前で一度だけ立ち止まった。
昨日のことを思い出す。
帰り道の告白。
約束。
そして、尚哉のシャツの裾を掴んだこと。
昨日の六花には、密着するレベルで距離感が近づいた感覚だった。
「……」
思い出しただけで顔が真っ赤になる。
六花は小さく首を振った。
いかんいかん。
平常心。
いつも通りでいい。
そう言い聞かせて教室へ入る。
窓際の席には、もう尚哉がいた。
頬杖をつきながら外を見ている。
何事もない、いつもの光景だった。
「お、おはよう」
六花が声を掛ける。
尚哉が振り返った。
「おう…」
「おはよう」
本当にそれだけ。
昨日までと変わらない。
そのはずだった。
「おはよー!」
元気な声と共に小春が教室へ入ってくる。
そして。
一瞬だけ動きを止めた。
「?」
六花が首を傾げる。
「いや?」
小春は不思議そうな顔をした。
「なんか変」
「え?」
「分かんないけど」
そう言って自分の席へ向かう。
六花は尚哉を見る。
尚哉も目を丸くしていた。
◇
昼休み。
いつもの四人で過ごす昼休み。
いつも通りのはずなのに。
「うんうん」
小春が一人で頷いた。
「何?」
灰原が聞く。
「うふふ、別に〜」
小春は何故かにやにやしている。
六花は少しだけ嫌な予感がした。
◇
放課後、ホームルームが終わる。
生徒たちが帰り支度を始める。
灰原は部活へ向かった。
六花も鞄を持つ。
すると。
「白鷺」
尚哉が言った。
「帰るか」
「うん」
六花は自然に頷く。
その瞬間だった。
「はい確定〜!」
小春が言った。
「え?」
六花は固まる。
小春は満面の笑みだった。
「二人付き合ったでしょ」
「うえっ!?」
六花の声が裏返った。
「なんで!?」
「やっぱり〜」
小春は机を叩く。
「当たりだ」
「当たりって何!?」
「朝からなんか怪しかったもん」
「怪しくないよ!」
「だってわかるもん」
「何が?」
「なんとなく!」
六花はもはや反論できない。
「橘くん」
小春が尚哉を見る。
「六花ちゃんと付き合ったの?」
尚哉は少しだけ黙った。
そして。
「ああ」
普通に認めた。
「たたた、橘くん!?」
六花が振り返る。
「いや隠す意味あるか?」
「あるよ!」
「そうか?」
「そうだよ!」
慌てふためく六花を見て、小春はケラケラと笑い出した。
◇
「いやー、よかったぁ」
本当に嬉しそうだった。
「ずっと二人両思いじゃんって思ってたし」
「そんなことないよ」
六花が否定する。
「そうだったよ」
小春は譲らない。
「もう文化祭くらいからずっと」
「え、そんな前から!?」
「そんな前から」
六花は俯いて顔を真っ赤にする。
尚哉は少しだけ目を逸らしていた。
◇
「とにかく、おめでとう」
小春が言う。
今度は茶化す感じではなかった。
本当に嬉しそうだった。
六花は少し照れながら答える。
「……ありがとう」
「うんうん」
小春は満足そうに頷いた。
「じゃあ末長くお幸せに」
「何その言い方」
「まーまーいいからいいから」
手を振る小春を残して、二人は教室を出た。
◇
廊下を歩く。
階段を下りる。
校門へ向かう。
「…バレたな」
尚哉が言った。
「バレたね」
六花は苦笑した。
「なんで分かったんだろ」
「さあ」
尚哉もよく分かっていないらしい。
少し考えてから言う。
「まあ、小春だからじゃないか」
「それで納得できるのずるいよね」
二人は顔を見合わせる。
そして少しだけ笑った。
昨日までは恥ずかしかった。
でも。
祝福してくれる人がいるのは、思っていたよりずっと嬉しかった。
◇
朝比奈小春はあっさり気付く。




