第89話 橘尚哉は意識している。
いつもの四人の昼休み。
小春が何か話している。
灰原が笑う。
六花も笑う。
いつもと変わらない光景だった。
「だからそれ絶対違うって!」
「いや違わないだろ」
「違うよ!」
小春と灰原が言い合う。
六花が苦笑する。
尚哉は焼きそばパンを食べながら聞いていた。
話の内容はよく分からない。
というより聞いていなかった。
◇
気付けば六花の方を見ていた。
六花が笑う。
小春が何か言う。
また笑う。
尚哉は視線を逸らした。
自分でも何をしているのかよく分からない。
◇
「橘くん?」
小春が言う。
「聞いてる?」
「聞いてない」
「うわ、正直すぎる」
灰原が吹き出した。
六花も笑う。
尚哉は小さくため息を吐いた。
「もう一回頼む」
昼休みはそのまま終わった。
◇
放課後。
ホームルームが終わる。
生徒たちが立ち上がる。
部活へ向かう者。
帰宅する者。
教室は少しずつ静かになっていく。
尚哉も鞄を持った。
その時だった。
◇
「ごめん」
六花が言う。
「先生に呼ばれてた」
手にはプリントの束。
また頼まれごとらしい。
「今日は先帰ってて」
「ああ」
尚哉は頷いた。
それだけだった。
別に珍しいことでもない。
◇
校門を出る。
駅へ向かう。
一人だった。
夕方の風が吹く。
部活帰りの生徒たちが追い越していく。
楽しそうな声が聞こえる。
◇
静かだった。
いや。
静かなのは当たり前だ。
文化祭の前までは、ずっと一人で帰っていた。
何も変わっていない。
そのはずなのに。
◇
「なんだかな」
尚哉は空を見上げた。
最近は隣で誰かが話していた気がする。
授業のこと。
小春のこと。
灰原のこと。
どうでもいい話ばかりだった。
なのに。
今日は少し物足りない。
◇
最近ずっと一緒だったからか。
たぶんそんな感じ。
◇
駅へ着く。
電車を待つ。
スマホを取り出す。
特に見るものもなかった。
画面を眺める。
閉じる。
また開く。
◇
そして。
「……は?」
尚哉は眉をひそめた。
連絡する用事なんて何もない。
それなのに。
無意識に。
白鷺六花の名前を探していた。
◇
自分でも意味が分からない。
尚哉はスマホをポケットへ突っ込む。
ちょうど電車がホームへ入ってきた。
最近……なんか変だ。
そう思いながら。
尚哉は電車へ乗り込んだ。
◇
橘尚哉は意識している。




