第85話 白鷺六花は誤魔化せない。
白鷺六花は悩んでいた。
最近、自分が少し変だ。
理由は全く分からない。
分からないまま数日が過ぎている。
授業中。
昼休み。
帰り道。
気付けば考えてしまう。
気付けば目で追ってしまう。
そんな自分に一番困っているのは、たぶん自分だった。
◇
放課後。
六花は図書室へ来ていた。
調べ物があったからだ。
同じテーブルには玲奈もいる。
図書室はとても静かで、
ページをめくる音だけが響いていた。
◇
「んー……」
玲奈が立ち上がる。
本棚の前へ向かう。
何か探しているらしい。
しばらく見ていたが。
「届かない……」
小さく呟いた。
◇
目的の本は棚の最上段にあった。
玲奈は背伸びをする。
もう少し。
あと少し。
届かない。
六花は席を立とうとした。
その時だった。
◇
「これ?」
声がした。
尚哉だった。
いつの間にか図書室へ来ていたらしい。
玲奈の隣へ立つ。
高い棚へ手を伸ばす。
本を取る。
本当にそれだけだった。
◇
「あっ」
玲奈が目を瞬く。
「ありがとうございます」
「ん」
尚哉は本を渡す。
それだけ。
用事は終わりだった。
◇
玲奈は嬉しそうに頭を下げる。
尚哉は特に気にした様子もなく席へ向かった。
いつも通り。
本当にいつも通りだった。
◇
「……」
六花は視線を落とした。
何だろう。
妙な気持ちだった。
◇
尚哉は優しい。
そんなこと前から知っている。
玲奈のことだって前も助けていた。
文化祭でもそうだった。
困っている人を放っておけない。
そういう人だ。
◇
今さらだった。
本当に今さら。
なのに。
なぜか妙な気分になる。
◇
「白鷺さん?」
玲奈が不思議そうに言う。
「え?」
「どうかしました?」
「ううん」
六花は慌てて首を振った。
「何でもないよ」
◇
本当は何でもなくなかった。
でも。
何が何でもないのか、自分でも説明できなかった。
◇
図書室を出る頃には外が少し赤くなっていた。
帰り道。
六花と尚哉は並んで歩く。
最近はそれが当たり前になっている。
◇
「そういえばさ」
尚哉が言った。
「最近なんか変じゃないか」
六花の足が少し止まりそうになる。
「え?」
「いや」
尚哉は首を傾げた。
「元気ないというか」
「そんなことないよ」
六花はすぐに答えた。
「そうか?」
「う、うん」
◇
尚哉は少しだけ考える。
それから。
「ならいいけど」
そう言った。
追及はしない。
いつもの尚哉だった。
◇
六花は小さく息を吐く。
安心したような。
少し残念なような。
自分でもよく分からなかった。
◇
駅が近付く。
別れ道も近付く。
「じゃあまた明日」
六花が言う。
「ああ」
尚哉は頷く。
「また明日」
◇
帰宅してからも。
六花の頭には図書室の光景が残っていた。
高い本棚。
玲奈。
尚哉。
本を渡す手。
たったそれだけのこと。
◇
尚哉は優しい。
そんなこと知っている。
知っているはずなのに。
どうしてあんなに気になるのだろう。
◇
ベッドへ横になる。
天井を見上げる。
ぬいぐるみをぎゅうぎゅうに締め上げる。
考えても答えは出なかった。
ただ一つだけ分かることがある。
最近の自分は変だ。
そして。
その理由はきっと。
橘尚哉と関係がある。
白鷺六花は誤魔化せない。




