第83話 白鷺六花は考えている。
翌日。
六花は授業を受けながら、ふと昨日のことを思い出していた。
校舎裏。
告白。
真っ直ぐな言葉。
そして自分の返事。
「ごめんなさい」
迷わなかった。
即答だった。
それなのに。
理由を聞かれたら上手く説明できる気がしなかった。
◇
昼休み。
いつもの四人だった。
小春が楽しそうに話している。
灰原が適当に相槌を打つ。
尚哉と六花は購買で買ったサンドイッチを食べている。
いつも通りの光景だった。
◇
「あ」
その時だった。
尚哉の手からサンドイッチが滑った。
ぽとっ。
床へ落ちる。
一瞬だけ静かになる。
◇
「えっ」
小春が目を丸くした。
「何してるの橘くん」
「最悪だ」
尚哉は落ちたサンドイッチを見下ろす。
言葉ほど困っているようには見えない。
◇
「お前なぁ」
灰原が呆れた。
「ちゃんと持てよ」
「持ってたんだけどな」
「持ててないから落ちたんだろ」
その通りだった。
◇
尚哉は残った半分へ視線を落とす。
「まあいいか」
「よくないでしょ」
六花は思わず言った。
「お昼ご飯半分になっちゃうよ」
「足りるだろ」
「足りないでしょ」
「大丈夫」
◇
六花は少し眉を寄せた。
まただと思う。
尚哉はよくそう言う。
大丈夫。
平気。
何とかなる。
まるで自分のことを気にしていないみたいに。
◇
「はいこれ」
六花は自分のサンドイッチを一切れ差し出した。
尚哉が見る。
「いらない」
「いる」
「なんで」
「橘くんだから」
言ってから自分でも少し変な答えだった気がした。
◇
「意味分からん」
尚哉が言う。
「分からなくていいから」
「理不尽だな」
「いいから」
六花は半ば強引に押し付けた。
◇
尚哉は少しだけ困った顔をする。
それから。
「じゃあもらうわ」
普通に受け取った。
そして普通に食べた。
◇
「なんかお母さんみたい」
小春が笑う。
「確かに」
灰原も頷く。
「橘は放っておくと雑だからな」
「お前ら色々と失礼だぞ」
尚哉が言う。
けれど誰も反論しなかった。
◇
六花も少し笑う。
笑いながら思う。
放っておけないのだ。
どうしてかは分からない。
でも。
放っておいたら本当に昼ご飯を半分で済ませそうだから。
◇
午後の授業。
先生の声が教室に響く。
六花はノートを取りながら考えていた。
昨日のこと。
告白のこと。
断った理由。
◇
心底嫌だったわけじゃない。
あまり知らない人ならば、これから知っていく選択肢もあったかもしれない。
なのに。
付き合う未来は本当に想像できなかった。
◇
ふと前を見る。
少し離れた席。
尚哉が窓の外を見ていた。
授業を聞いているのか聞いていないのかよく分からない顔だった。
◇
「……」
六花は視線を戻す。
昨日の男子生徒。
橘くん。
別に比べているわけじゃない。
比べる理由もない。
それなのに。
気付けば頭の中に浮かんでくる。
◇
放課後。
帰りのホームルームが終わる。
生徒たちが帰り支度を始める。
六花も鞄を持つ。
すると。
「よし、帰るか」
聞き慣れた声がした。
尚哉だった。
◇
「うん」
六花は頷く。
二人で教室を出る。
階段を下りる。
校門を抜ける。
会話はいつも通りだった。
特別なことは何もない。
◇
不思議だった。
昨日からずっと考えている。
どうして断ったんだろう。
最初はそう考えていたはずなのに。
◇
気付けばいつも。
今日もまた。
橘尚哉のことを考えていた。




