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第82話 白鷺六花は答えられない。

 文化祭が終わって数日。


 学校はすっかりいつもの空気に戻っていた。


 授業があって。


 昼休みがあって。


 放課後になれば生徒たちはそれぞれの場所へ向かう。


 特別だった文化祭は終わり、いつもの日常が戻ってきていた。


     ◇


「白鷺さん」


 ある日の放課後。


 教室を出ようとした時。


 六花は誰かに声をかけられる。


 振り返ると、それは同じ学年の男子生徒だった。


 違うクラスの人だ。


 文化祭の打ち合わせで実行委員が集まった時、彼もいたような気がする。


 その程度だった。


「少し時間もらっていい?」


 六花は少しだけ首を傾げた。


「はい」


     ◇


 校舎裏。


 人通りの少ない場所。


 風が少しだけ吹いていた。


 男子生徒は何度か言葉を探すように口を開いては閉じる。


 緊張しているのが分かった。


「その……」


 六花は静かに待った。


「前から白鷺さんのことが好きでした」


 直球の告白だった。


「付き合ってください」


     ◇


 六花は目を瞬く。


 驚いた。


 予想していなかったわけではない。


 けれど。


 実際に言われると流石に戸惑う。


「……」


 男子生徒は返事を待っている。


 六花は一瞬考えた。


 本当に少しだけ。


 そして。


「ごめんなさい」


 そう答えた。


     ◇


 男子生徒は寂しそうに笑った。


「そっか」


「ごめんなさい」


「いや」


 男子生徒は首を振る。


「言えてよかった」


 それだけ言って去っていった。


 六花はその背中を見送る。


 静かな場所だった。


     ◇


「……」


 一人になる。


 風が吹く。


 校舎の窓から運動部の声が聞こえてくる。


 六花は小さく息を吐いた。


 告白。


 好き。


 付き合う。


 そんな言葉が頭の中をゆっくり通り過ぎていく。


     ◇


 断った。


 迷わなかった。


 即答だった。


 それは間違いない。


「……なんでだろ」


 小さく呟く。


     ◇


 嫌だったわけじゃない。


 怖かったわけでもない。


 その人が悪い人だったわけでもない。


 なのに。


 付き合う未来は一ミリも想像できなかった。


     ◇


 昇降口へ向かう。


 階段を下りる。


 廊下を歩く。


 いつも通りの帰り道。


 その途中。


「あれ」


 聞き慣れた声がした。


 振り返る。


 橘尚哉だった。


     ◇


「まだいたのか」


 尚哉が言う。


「うん」


「帰るぞ」


 当たり前みたいな口調だった。


「うん」


 六花も頷く。


 二人で歩き始める。


     ◇


 他愛もない話をする。


 授業のこと。


 灰原のこと。


 小春のこと。


 それだけだった。


 告白のことは話さない。


 話そうとも思わなかった。


     ◇


 駅へ向かう途中。


 六花はふと横を見る。


 尚哉はいつも通りだった。


 変わらない。


 本当にいつも通り。


「……」


 六花は小さく視線を前へ戻した。


     ◇


 さっきの男子生徒と歩く未来は想像できなかった。


 でも。


 今こうして歩いている時間は。


 当たり前みたいに感じる。


     ◇


 駅が近付いてくる。


 別れ道も近付く。


「じゃあまた明日」


 六花が言う。


「ああ」


 尚哉は頷く。


「また明日」


 いつもの言葉。


 いつもの帰り道。


 六花の胸には、さっきから一つの疑問だけが残っていた。


 どうして私は、迷わず断ったんだろう。


 白鷺六花は答えられない。

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