第81話 白鷺六花は気づかない。
文化祭は無事終了した。
沢山の準備をした行事、片付けるのはあっという間。
翌日の学校は日常を取り戻していた。
廊下から聞こえていた呼び込みの声もない。
体育館のステージも片付けられている。
教室の後ろに貼られていた文化祭関連の掲示物も、ほとんど外されていた。
昨日までの賑やかさが、まるで夢だったみたいだった。
◇
「なんか寂しいね〜」
小春が言った。
昼休み。
いつもの四人だった。
「文化祭終わっちゃった〜」
「分かる」
灰原も頷く。
「準備してる時は大変だし、早く終われと思ってたのにな」
「それな〜」
二人は盛り上がっている。
六花も小さく笑った。
「楽しかったもんね」
「六花ちゃんはめちゃくちゃ働いてたじゃん」
「そうかな」
「実行委員の人たちに感謝されてたし」
「そんな大したことしてないよ」
六花は苦笑する。
すると。
「いや、してただろ」
尚哉が言った。
パンを食べながら。
当たり前みたいに。
「そうかな」
「そうだろ」
「そうかも」
小春が頷く。
灰原も頷く。
六花は少し困ったように笑った。
◇
授業はいつも通り進んだ。
文化祭が終わったからといって、
学校生活そのものが変わるわけじゃない。
先生の声。
ノートを取る音。
窓の外の風景。
全部いつも通りだった。
◇
そして放課後。
帰りのホームルームが終わる。
生徒たちが立ち上がる。
部活へ向かう者。
帰宅する者。
教室は少しずつ空いていく。
六花も鞄を持った。
その時。
「……あ」
小さく声が漏れた。
◇
文化祭の仕事。
もうないんだ。
◇
少しだけ立ち止まる。
最近は当たり前だった。
放課後になると。
資料を持って。
実行委員室へ行って。
進行表を確認して。
帰りも一緒だった。
それがいつの間にか日常になっていた。
◇
「六花ちゃん?」
小春が不思議そうに聞く。
「どうしたの?」
「あ、ううん」
六花は笑った。
「何でもない」
本当に何でもなかった。
文化祭が終わった。
それだけだ。
◇
小春は先に帰っていく。
灰原も部活へ向かう。
教室には数人しか残っていなかった。
六花も帰ろうとする。
すると。
「白鷺」
声がした。
振り返る。
尚哉だった。
◇
「帰るか」
「え?」
思わず聞き返す。
尚哉は少し不思議そうな顔をした。
「駅まで」
「ああ」
六花は小さく頷く。
「うん」
◇
二人で教室を出る。
廊下を歩く。
階段を下りる。
特に文化祭の話をするわけでもない。
特別な会話もない。
それでも。
足取りは自然だった。
◇
「文化祭終わったな」
尚哉が言った。
「終わったね」
「疲れた」
「それは分かる」
二人は少し笑う。
◇
「でもね」
六花が言う。
「…楽しかった」
「…そうだな」
尚哉も頷いた。
珍しく否定しなかった。
「普通に楽しかった」
「出た」
「何が」
「普通」
「便利だからな」
いつものやり取りだった。
それだけで少し笑えた。
◇
駅へ向かう道。
夕方の風が吹く。
文化祭は終わった。
昨日までの特別な時間も終わった。
けれど。
失くなったものばかりではないらしい。
◇
駅が見えてくる。
別れ道も近い。
「じゃあまた明日」
六花が言う。
「ああ」
尚哉は頷く。
「また明日」
いつも通りの言葉だった。
◇
尚哉と六花はいつもの別れ道まで来た。
六花は足を止めて、立ち去る尚哉の背中を見る。
そして歩き出した。
文化祭は終わった。
けれど。
今日は何故か、安心していた。
何が安心なのかは、自分でもよく分からなかった。
白鷺六花は気づかない。




