第80話 白鷺六花は探してしまう。
文化祭も終盤に差し掛かっていた。
校内の賑わいはまだ続いている。
けれど朝や昼に比べれば、少しずつ終わりの空気も混ざり始めていた。
発表も残りわずか。
閉店準備を始めている模擬店もちらほらと。
文化祭という特別な一日が、ゆっくりと終わりへ向かっていた。
◇
「白鷺さん、これお願い!」
「はい」
六花は資料を受け取る。
確認事項を整理する。
実行委員へ伝達する。
司会進行補助の仕事はまだ残っていた。
休憩は終わっている。
今はまた仕事の時間だった。
◇
廊下を歩く。
体育館へ向かう。
途中でふと足が止まる。
「……」
なんとなく周囲を見る。
生徒たち。
来校者。
実行委員。
たくさんの人がいる。
けれど。
「……あれ」
小さく首を傾げた。
何かを探したわけではない。
ただ。
気付いたら周囲を見ていた。
◇
体育館へ着く。
確認を終える。
また移動する。
忙しい。
それなのに。
また少しだけ周囲を見る。
「六花ちゃん?」
小春が不思議そうに言った。
「どうしたの?」
「え?」
「なんか探してる?」
六花は一瞬だけ言葉に詰まる。
「そんな事ないよ」
「そう?」
「うん」
小春は首を傾げる。
六花も首を傾げたい気分だった。
本当に探しているつもりはなかった。
◇
それからも仕事は続いた。
連絡。
確認。
進行。
大きなトラブルはない。
文化祭は成功と言ってよかった。
だからこそ。
少し余裕ができる。
そして余裕ができると、
なぜかまた周囲を見てしまう。
◇
「……」
六花は自分でも少し不思議だった。
何を見ているのだろう。
何を気にしているのだろう。
理由はよく分からない。
分からないまま、
人混みへ視線を向ける。
◇
その時だった。
体育館の出入口付近。
見慣れた姿が見えた。
「あ」
橘尚哉だった。
段ボール箱を運んでいる。
どうやら片付けを手伝っているらしい。
灰原と何か話している。
特に楽しそうでもなく。
特に不機嫌でもなく。
いつも通りだった。
◇
「……」
六花は少しだけ見ていた。
尚哉は気付いていない。
そのまま段ボールを運ぶ。
灰原が何か言う。
尚哉が適当に返す。
いつもの光景だった。
◇
不思議だった。
ただそれだけなのに。
なぜか少し安心した。
理由はよく分からない。
別に何か心配していたわけじゃない。
探していたわけでもない。
それだけ。
◇
「白鷺さん!」
呼ばれて我に返る。
「はい!」
六花は慌てて返事をした。
仕事へ戻る。
文化祭はまだ終わっていない。
考えている場合じゃない。
そう思った。
◇
そして。
文化祭は無事に終了した。
体育館に拍手が響く。
達成感。
安堵。
疲労。
いろいろな感情が混ざっていた。
六花も小さく息を吐く。
終わった。
無事に終わって良かった。
◇
片付けも終わり、
外へ出る頃には空が赤く染まっていた。
校門へ向かう人の流れ。
楽しそうな声。
文化祭の余韻。
その中で。
「お疲れ」
声がした。
振り返る。
尚哉だった。
「あ」
六花は少しだけ笑う。
「お疲れ様」
「当日も大変だったな」
「橘くんも」
「まあな」
短いやり取りだった。
それだけだった。
◇
尚哉は先に歩いていく。
六花はその背中を見ながら思っていた。
今日一日。
たくさんの人と話した。
たくさんの人を見た。
たくさんの声を聞いた。
文化祭はとても賑やかだった。
なのに。
なぜだろう。
さっき見つけた横顔が、何となく心に残っていた。
白鷺六花は探してしまう。




