第8話 一色玲奈は屋上へ行く。
夜。
尚哉は机に向かっていた。
目の前には例の黒いノート。
ここ数日で分かったことがある。
このノートに書かれたことは起きている。
理由は…分からない。
仕組みも分からない。
だが。
少なくとも偶然の出来事では説明できなくなっていた。
尚哉は最後のページを開く。
そこには変わらず文字が並んでいる。
【朝比奈小春は財布を忘れる。】
【灰原陸は本当のことを言わない。】
【一色玲奈は泣いている。】
【白鷺六花は大丈夫と言う。】
そして。
その下に新しい文字が浮かび上がっていた。
【一色玲奈は屋上へ行く。】
「……屋上?」
思わず呟く。
それだけならおかしくはない。
屋上へ行くくらい誰だってある。
だが。
玲奈の名前が出たことが気になった。
尚哉はページをめくる。
すると。
新しい文字が現れる。
【一色玲奈は空を見ている。】
尚哉は眉をひそめた。
屋上へ行く。
空を見る。
ただそれだけ。
ただそれだけなのに。
妙な胸騒ぎがする。
さらにページをめくる。
白紙。
その次も白紙。
だが。
最後の一ページ。
そこには短い文章が記されていた。
【一色玲奈は何も言わない。】
部屋の中が静かになる。
時計の音だけが聞こえた。
「なんだよ、それ……」
意味が分からない。
だが。
分からないからこそ気味が悪かった。
◇
翌日。
玲奈はいつも通りだった。
休み時間に彼女のクラスの前をさりげなく通る。
特に変わった様子はない。
四組の教室を通り過ぎた時。
窓際で本を読んでいる姿が見えた。
特に泣いているようには見えない。
苦しそうにも見えない。
図書室と同じ。
ただ静かに本を読んでいた。
「俺の考えすぎか……?」
尚哉は小さく呟く。
あのノートが本物だからといって、
何でも悪い方向に考えるのは違うのかもしれない。
屋上へ行く。
空を見る。
それだけかもしれない。
一旦そう思おうとした。
だが。
胸の奥の違和感だけは拭えなかった。
◇
放課後。
終礼が終わる。
生徒たちが次々と教室を出ていく。
「橘ー、帰るぞー」
灰原が言う。
「ああ」
返事をしながらも。
尚哉の頭の片隅には例の一文が残っていた。
【一色玲奈は屋上へ行く。】
【一色玲奈は空を見ている。】
【一色玲奈は何も言わない。】
気にする必要なんてない。
いや、
気になってしまう。
「どうした?」
灰原が首を傾げた。
「悪い」
尚哉は立ち上がる。
「ちょっと寄るとこある」
「ふーん」
灰原はそれ以上聞かなかった。
◇
気が付けば。
尚哉は図書室へ向かっていた。
扉を開く。
相変わらずの静かな空間。
だが。
「……いない」
一色玲奈の姿はなかった。
いつも座っている席も空いている。
司書の先生が不思議そうに見る。
「どうかした?」
「いや」
尚哉は首を振った。
「別に」
そのまま図書室を出る。
おかしい。
別に約束したわけじゃない。
毎日来るとも言っていない。
なのに。
胸騒ぎが消えない。
何だ、これは。
本当に。
自分でも馬鹿らしいと思う。
そんな事を思いながら、
足は勝手に階段へ向かっていた。
◇
屋上へ続く階段は普段あまり人が来ない。
一段。
また一段。
上るたびに胸の奥がざわつく。
そして。
最後の扉の前で足を止めた。
「……」
例のノートの文字が浮かぶ。
【一色玲奈は屋上へ行く。】
ただそれだけだ。
ただそれだけ。
…。
尚哉はゆっくりと扉へ手を伸ばした。




