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第7話 白鷺六花は頼まれる。

 翌日。


「六花ー!」


 朝から元気な声が教室に響いた。


「これさ、職員室に持っていってくれない?」


 女子生徒がプリントの束を差し出す。


「うん、いいよ」


 六花は笑顔で受け取った。


「ごめん助かるー!」


 女子生徒はそう言って去っていく。


 すると今度は別の男子生徒がやってきた。


「白鷺さん、この文化祭実行委員アンケートの集計お願いできる?」


「え?」


 一瞬だけ。


 六花が困ったような顔をした。


 だが次の瞬間には笑っていた。


「うん」


「今忙しくてさ、ありがとう!」


 男子生徒も嬉しそうに戻っていく。


 その様子を見ていた小春が呆れた顔をする。


「あ〜またやってる〜」


「なにが?」


「なにがじゃないよ〜」


 小春は肩をすくめた。


「六花、頼まれたらなんでも引き受けちゃうじゃん」


「そんなことないよ」


「あるある〜」


「ないって」


 六花は笑う。


 だが。


 尚哉はさっきの一瞬を見ていた。


 断ろうとしたように見えた。


 気のせいかもしれない。


 でも。


 少しだけ引っかかっていた。


     ◇


 昼休み。


 尚哉が教室へ戻ると。


 六花は一人でアンケート用紙を整理していた。


「まだやってんのか」


 思わず声が出る。


 六花が顔を上げた。


「あ、橘くん」


「昼飯は?」


「これ終わってから」


 机の上には紙の束。


 まだ半分以上残っている。


「先にメシ食えよ」


「でも、もう少しだから」


「絶対もう少しじゃないだろ」


 六花は苦笑した。


「大丈夫、だよ」


 その時。


 なぜか尚哉はもどかしさを感じた。


「何が」


「え?」


「大丈夫って」


 六花がきょとんとする。


「別に困ってないし」


「そうは見えないけどな」


 六花は少しだけ黙った。


 それから。


 いつものように笑った。


「ありがと…ね」


 それは、答えにはなっていなかった。


     ◇


 放課後。


 教室にはもうほとんど人がいなかった。


 尚哉は提出物を出し忘れたことに気付き、戻ってきていた。


「……あれ」


 教室の奥に人影がある。


 六花だった。


 一人で段ボールを運んでいる。


「こんな時間に何やってんだ」


「文化祭の資料運び」


「一人で?」


「うん」


「頼まれたのか」


「まあ」


 六花は曖昧に笑う。


 尚哉はため息をついた。


「貸せ」


「え?」


「半分持つから」


「いや大丈夫――」


「いいから」


 六花が言い終わる前に段ボールを取る。


 思ったより重かった。


「重っ」


「だから言ったのに」


「それは言ってないだろ」


 六花が少し笑う。


 二人で資料室まで歩く。


 廊下に足音だけが響く。


「橘くんって優しいじゃん」


 不意に六花が言った。


「そんな事ない」


「そういうところ」


「どこがだよ」


「そういうところ」


 六花は楽しそうだった。


 だが。


 尚哉は別のことを考えていた。


「…なあ」


「ん?」


「なんで、全部引き受けるんだ」


 六花の足が少し止まる。


「全部じゃないよ」


「ほとんど全部だろ」


 返事はない。


「断ればいいじゃん」


 六花は少し考える。


 そして。


「困ってるなら助けたいし」


 そう言った。


「お前が困ってるだろ」


 思わず口から出た。


 六花が目を丸くする。


 数秒。


 沈黙。


 それから。


 六花は小さく笑った。


「わたしは大丈夫だよ」


 それ、この前と同じだ。


 どこか寂しそうな笑顔。


     ◇


 夜。


 尚哉は例のノートを開いた。


 最後のページ。


 そこには変わらず文字が並んでいる。


 【朝比奈小春は財布を忘れる。】


 【灰原陸は本当のことを言わない。】


 【一色玲奈は泣いている。】


 そして。


 その下に新しい文字が浮かび上がる。


 【白鷺六花は大丈夫と言う。】


 尚哉はその文字を見つめた。


 昼も。


 放課後も。


 六花は同じ言葉を口にしていた。


 だが。


 なぜだろう。


 その言葉は。


 大丈夫だと言っているようには聞こえなかった。

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