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第6話 白鷺六花は笑っている。

 授業が終わり、放課後になった。


 最後のホームルームが終わると同時に、教室は一気に騒がしくなった。


「じゃあね六花〜」


「また明日〜」


 女子たちが次々と声をかけていく。


 六花はそのたびに笑顔で手を振っていた。


 相変わらず人気者だな、と尚哉は思う。


「橘〜」


 灰原が鞄を肩にかけながらやってきた。


「帰るぞ」


「先帰ってくれ」


「なんで」


「ちょっと残る」


「ほほう」


 灰原がニヤリとした。


「なんだその顔」


「いや別に?」


「絶対ろくでもないこと考えてるだろ」


「考えてない考えてない」


 全く信用できない反応。


 だが灰原はそれ以上何も言わず、小春を連れて教室を出ていく。


「またね〜」


 小春が手を振った。


「おう」


 そうして教室には数人だけが残った。


     ◇


 しばらくして。


 尚哉が席を立った時だった。


「あ」


 前の席から声がした。


 六花だった。


「橘くんも今帰るの?」


「まあ」


「そっか」


 それだけ言って。


 六花も鞄を持った。


 そのまま二人は教室を出る。


 別に待ち合わせたわけではない。


 シンプルに、


 帰る方向が同じだけだった。


     ◇


 夕方の通学路。


 オレンジ色の光が街を染めている。


 しばらくは他愛のない話だった。


 授業のこと。


 先生のこと。


 小春の財布事件のこと。


「小春、また財布確認してたよ」


 六花が笑う。


「一日何回確認してるんだよ」


「五回目くらいかな」


「段々増えてるじゃねえか」


「本当に心配なんだと思うよ」


 二人で少し笑った。


 沈黙が落ちる。


 だが不思議と気まずくはなかった。


「そういえばさ」


 六花が言う。


「橘くんって将来やりたいこととかあるの?」


「ない」


 即答だった。


 六花が吹き出す。


「返し早すぎ」


「考えたことはあるけどな」


「それで?」


「よく…分からなかった」


「…そっか」


 六花は少しだけ空を見上げた。


「白鷺は?」


「私?」


「ああ」


 六花は少し考える。


 だが。


「ない。…かな」


 そう言って笑った。


「へぇ、意外だな」


「そう?」


「優等生らしからぬ発言」


「なによそれ」


 六花が困ったように笑う。


「別にそんな立派な人じゃないよわたし」


「そうは見えないけどな」


「君が見てるわたしは、世を忍ぶ仮の姿かも知れないのだよ〜」


 冗談っぽく言う。


 だが。


 その笑顔に少しだけ引っかかった。


「本当になにもないのか?」


 尚哉が聞く。


 六花は少しだけ黙った。


 ほんの数秒。


 それだけだった。


「今がね、楽しいから」


 そして笑う。


「今が楽しいなら、それで…十分かなって」


 夕陽を受けながら。


 六花はそう言った。


 何故か、


 今の話をしているようには聞こえなかった。


     ◇


「ねえねえ、甘いもの嫌い?」


 突然六花が聞いた。


「普通」


「じゃあちょっと付き合ってよ」


 数分後。


 二人は駅前のクレープ屋の前にいた。


「なんでこうなった」


「私が食べたかったからだよぅ」


 悪びれもせず言う。


 尚哉は呆れた。


 六花は苺と生クリームのクレープを買った。


 一口。


 二口。


 幸せそうに頬張る。


「おいしい……」


 本当に幸せそうだった。


 思わず尚哉は見てしまう。


「……なに?」


 六花が首を傾げる。


「いや別に」


「もしかして今、食べ方変だった?」


「違う」


「ほんと?」


「ああ」


 六花は少し安心したように笑った。


「よかった」


 そしてまたクレープを頬張る。


 その様子が妙に子供っぽくて。


 尚哉は少しだけ笑った。


「あ、いま笑った」


「笑ってない」


「笑ったじゃん」


「気のせいだ」


「絶対笑ったってば」


 六花は楽しそうだった。


     ◇


 別れ道に着く。


「じゃあね」


 六花が手を振る。


「また、明日ね」


「ああ」


 六花は笑った。


 見慣れたいつもの笑顔。


 学校で見せる笑顔。


 誰にでも向ける爽やかな笑顔。


 なのに。


 なぜだろう。


 今ほんの少しだけ。


 寂しそうに見えた。


 …そんな気がした。

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