第78話 橘尚哉は動いている。
文化祭当日。
朝から校内は賑やかだった。
昇降口には来校者の列。
廊下には案内のポスター。
教室からは楽しそうな声が聞こえてくる。
いつもの学校とは少し違う景色だった。
◇
「おはようございます」
六花は朝から忙しかった。
司会進行補助。
来賓対応。
スケジュール確認。
実行委員との連絡。
文化祭が始まる前からやることは山ほどある。
「白鷺さん、これお願い!」
「はい」
「こっちも確認頼める?」
「分かりました」
六花は頷く。
慌てない。
一つずつ処理する。
それだけだった。
◇
一方。
「あー眠い」
尚哉はそう言った。
「朝からそれか」
灰原が呆れる。
「文化祭だぞ」
「知ってるよ」
「もっと楽しそうにしろ」
「無理」
灰原は笑った。
尚哉は相変わらずだった。
◇
午前中は順調だった。
ステージ発表。
吹奏楽部。
ダンス部。
演劇部。
予定通り進んでいく。
六花も少しだけ安心していた。
このままいけば問題ない。
そう思っていた。
◇
だが。
「白鷺さん!」
実行委員の男子が駆け込んでくる。
「どうしたの?」
「次の発表団体がいません!」
「え?」
六花は目を瞬く。
時計を見る。
開始まで五分。
「連絡は?」
「つかなくて……!」
周囲がざわついた。
◇
「どこの団体?」
「軽音部です」
「控室は?」
「誰もいません」
「先生は?」
「今体育館です!」
情報が飛び交う。
焦った声も増えていく。
残り四分。
時間は待ってくれない。
◇
六花は一度深呼吸した。
「大丈夫」
そう言う。
自分にも言い聞かせるように。
「まず確認しよう」
連絡担当。
控室確認。
ステージ担当。
それぞれへ指示を出す。
何が起きているか分からない。
でも。
分からないなら調べればいい。
◇
「白鷺」
声がした。
振り返る。
尚哉だった。
「何が起きた」
「軽音部が来てない」
「ふーん…」
尚哉は周囲を見る。
少しだけ考える。
「…探してくる」
「えっ?」
六花が聞き返すより早く。
尚哉はもう走り出していた。
◇
開始三分前。
まだ見つからない。
開始二分前。
会場のざわめきが大きくなる。
開始一分前。
六花は代替案を考え始めていた。
進行を入れ替えるか。
別団体を先にするか。
そんな時だった。
◇
「いたぞ」
声がした。
尚哉だった。
少し息を切らしている。
「軽音部」
「どこ!?」
「体育館裏」
周囲が一斉に動く。
「機材トラブル」
尚哉は短く言った。
「アンプ運ぶのに手間取ってた」
「連絡は?」
「スマホ控室に置いてた」
実に軽音部らしい理由だった。
◇
「間に合う?」
六花が聞く。
「たぶん」
「たぶん禁止」
反射的に言っていた。
一瞬。
尚哉が吹き出す。
「そうだったな」
六花も少しだけ笑った。
緊張が少し和らぐ。
◇
数分後。
軽音部は無事到着した。
ステージ発表も予定通り始まる。
大きな混乱にはならなかった。
周囲から安堵の声が漏れる。
六花も小さく息を吐いた。
◇
「ありがとう」
六花が言う。
「ん?」
「探してくれて」
「別に」
尚哉はいつも通りだった。
「大した事してないし」
「走ってたよね」
「まあ」
「本当に助かったよ」
尚哉は少しだけ視線を逸らす。
「ならよかった」
それだけだった。
◇
午後。
文化祭は続いていた。
六花は司会席から会場を見る。
来校者。
発表者。
忙しく動く実行委員。
その中に。
壁際で腕を組んでいる尚哉が見えた。
特に何をしているわけでもない。
ただそこにいる。
けれど。
何かあれば動いてくれる気がした。
そんな気がした。
◇
尚哉もふと視線を上げる。
司会席の六花と目が合った。
一瞬だけ。
尚哉は軽く手を上げる。
六花も小さく笑った。
文化祭はまだ終わらない。
けれど。
今日はいつもと違う思い出ができた。
と、六花は思っていた。




