第76話 白鷺六花は並んでいる。
文化祭まで三週間。
校内の空気は少しずつ慌ただしくなっていた。
教室の後ろには出し物の案が貼られ。
廊下では実行委員が行き交う。
昼休みになると、文化祭の話題を耳にしない方が珍しいくらいだった。
◇
「そういえばさ」
小春が言った。
昼休み。
いつもの四人だった。
「最近二人一緒にいること多くない?」
「二人?」
六花が首を傾げる。
「六花ちゃんと〜、橘くん」
小春はにやにやしている。
「文化祭のやつでしょ?」
六花は納得したように頷く。
「司会進行補助」
「それ〜」
「仕事だからね」
六花はそう言った。
事実だった。
資料の確認。
スケジュール調整。
実行委員との打ち合わせ。
一緒にいる時間が増えたのは、そのためだ。
「ふーん」
小春はどこか微笑ましい表情をする。
◇
「橘くんは?」
小春が聞く。
「何が」
「最近六花ちゃんといること多いじゃん」
「そうか?」
尚哉は本気で分かっていない顔をした。
「そうだよ〜」
「いや、別に」
パンを食べながら答える。
「手伝わされてるだけだし」
「ちょっと聞いた? 六花ちゃん」
「聞こえてるよ」
六花は苦笑した。
「ちゃんと手伝ってくれてるのに」
「騙されるな白鷺」
灰原が言う。
「橘は文句言いながら最後までちゃんとやるタイプだ」
「そういう事言うな」
「事実だろ」
小春が笑った。
六花もつられて笑う。
尚哉だけが少し不満そうだった。
◇
放課後。
文化祭実行委員室。
六花は机の上に資料を広げていた。
「これで合ってるかな」
「たぶん」
「たぶん禁止」
「厳しいな」
尚哉が言う。
六花は少し笑った。
こういうやり取りも増えた気がする。
◇
進行表を確認する。
当日のスケジュールを整理する。
細かい修正を加える。
重要ながら地味な作業だった。
けれど、不思議と退屈ではなかった。
「ここ、時間足りなくないか?」
尚哉が紙を指差す。
「あ」
六花も気付く。
「本当だ」
「十分多く見積もりすぎてる」
「どうしよう」
「五分削ればいいだろ」
「なるほど」
六花はメモを書き込む。
その横で尚哉が資料をまとめていた。
◇
気付けば窓の外は夕方だった。
オレンジ色の光が教室へ差し込んでいる。
「終わった〜」
六花が言う。
「終わったな」
尚哉も頷いた。
思ったより早かった。
二人でやると作業が進む。
それは認めざるを得なかった。
◇
「さて、帰るか」
「うん」
二人は資料を片付ける。
特に相談したわけでもない。
自然と同じタイミングだった。
◇
校舎を出る。
夕方の風が少しだけ涼しい。
文化祭の準備をしている生徒たちの声が遠くから聞こえた。
「文化祭、好き?」
六花が聞いた。
「普通」
予想通りだった。
「普通好き?」
「普通」
「便利だね、その言葉」
「便利だぞ」
尚哉は真顔で言った。
六花は思わず吹き出す。
◇
「白鷺は?」
「私は好きかな」
「意外だな」
「そう?」
「もっと真面目なタイプかと思ってた」
「どういう意味?」
「そのまま」
六花は少し考える。
それから笑った。
「みんなで作る感じ、楽しいから好きだよ」
「ふーん」
「橘くんも楽しいでしょ?」
「まあ」
「ほら」
「普通に」
「それ好きってことじゃない?」
「ん〜違うんじゃない」
「素直に認めないね」
二人は少し笑った。
◇
駅が近付いてくる。
別れ道も近い。
最近はこういう時間が増えた。
一緒に作業をして。
一緒に帰る。
それだけだった。
特別なことは何もない。
それなのに。
気づけばもう別れ道の所まで来ていた。
◇
「じゃあまた明日」
六花が言う。
「ああ」
尚哉は頷く。
「また明日」
いつもの言葉。
いつもの帰り道。
文化祭の準備は、まだ始まったばかりだった。




