↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
69/133

第69話 白鷺六花は雨を見ている。

 帰りのホームルームが終わった頃には、空は曇っていた。


 朝の天気予報では晴れだった気がする。


 けれど春の空は気まぐれだ。


 教室の窓の外には、いつの間にか灰色の雲が広がっていた。


「降ってくるの確定っぽいな」


 灰原が窓を見ながら言う。


「傘持ってきてない」


 小春が即答した。


「自慢することじゃないだろ」


 尚哉が言う。


「大丈夫大丈夫〜」


「何がだよ」


「気合いで雨雲吹き飛ばす!」


「そりゃありがたいわ」


 灰原が笑う。


 小春はなぜか得意げだった。


     ◇


 結局。


 雨は降った。


 しかも思ったより強かった。


「うわぁ〜……」


 昇降口で小春が声を上げる。


「本当に降った」


「だから言っただろ」


 尚哉が言う。


「橘くん天気予報士?」


「違う」


「じゃあ超能力者?」


「違う」


「残念」


 何が残念なのか分からない。


 灰原は笑っている。


「じゃ、俺先行くわ」


 鞄から折り畳み傘を取り出す。


「持ってたのか」


「俺を誰だと思ってる」


「灰原」


「その通り」


 灰原は笑った。


「じゃあな」


「また明日〜」


 小春が手を振る。


 灰原は傘を差して去っていった。


     ◇


「私はお母さん迎えだから〜」


 小春がスマホを見せる。


「勝ち組だな」


 尚哉が言う。


「でしょ〜?」


「威張るな」


 六花が笑う。


 小春は満足そうだった。


「じゃあね!」


 そう言って、小春も別方向へ走っていく。


 残ったのは二人だった。


     ◇


 雨はまだ降っている。


 昇降口の屋根を叩く音が響いていた。


「……」


「……」


 二人とも傘を持っていなかった。


 しばらく空を見る。


「止まないな」


 尚哉が言った。


「止まないね」


 六花も頷く。


 だから二人は駅へ向かう途中にある小さな屋根付きの休憩スペースまで走った。


     ◇


 屋根を叩く雨音。


 少し湿った風。


 近くの植え込みから土の匂いがする。


 春の雨だった。


 ベンチは空いている。


 二人は少し距離を空けて腰を下ろした。


 会話はない。


 気まずいわけではなかった。


 ただ。


 雨の音が思ったより大きかった。


     ◇


「橘くん」


 六花が言う。


「ん?」


「雨って嫌い?」


 尚哉は少し考える。


「別に」


 予想通りの答えだった。


 六花は少し笑う。


「好きでもない?」


「好きでもない」


「どっちなの」


「普通」


 尚哉はそう言った。


「白鷺は?」


「私は……」


 六花は空を見る。


 雨粒が屋根の端から流れ落ちていた。


「昔は嫌いだったかな」


「昔?」


「雷が苦手だから」


 尚哉が少し驚いた顔をした。


「そうなのか」


「意外?」


「ちょっと」


「ひどいなぁ」


 六花は笑った。


 自分でもそう思う。


 今の自分を見れば、あまり怖がりには見えないだろうから。


     ◇


「橘くんは?」


「何が」


「苦手なもの」


 尚哉は考える。


 すぐには答えなかった。


「……ないかも」


「本当に?」


「…たぶん」


「すごいね」


「そうか?」


「うん」


 六花は少し羨ましかった。


 怖いものがない。


 気にするものがない。


 そういう人に見えた。


 自由そうだと思った。


     ◇


 雨音が続く。


 しばらく沈黙が落ちた。


 けれど不思議と嫌ではなかった。


 何か話さなければいけない気もしない。


 ただ雨を見ている。


 それだけだった。


     ◇


「白鷺」


 珍しく尚哉から声を掛けた。


「ん?」


「お前さ」


「うん」


「なんか、ずっと頑張ってるよな」


 六花は目を瞬く。


 思わず尚哉を見る。


「急にどうしたの?」


「いや」


 尚哉は視線を前へ向けたまま言う。


「なんとなく」


 それだけだった。


 六花は返事ができない。


 そんなことを言われたことがなかった。


 頑張っている。


 そうなのだろうか。


 自分の事なのに、ピンとこない。


 分からないまま、


 胸の奥がほんの少しざわついた。


     ◇


 やがて雨脚が弱くなり始める。


「…止みそうだね」


 六花が言う。


「だな」


 尚哉も立ち上がった。


 二人は再び歩き始める。


 雨上がりの匂いがしていた。


     ◇


 駅が近付く。


 別れ道も近付く。


「じゃあ」


 尚哉が言う。


「また明日」


「うん」


 六花は頷く。


 そして少しだけ空を見上げた。


 雲の隙間から、薄く夕日が差している。


「今日の雨」


 六花が呟く。


「ん?」


「嫌じゃなかったかも」


 尚哉は少しだけ首を傾げた。


「そうか?」


「うん」


 六花は笑う。


 理由はよく分からない。


 でも。


 素直にそう思った。


 白鷺六花は雨を見ている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。