第68話 白鷺六花は並んでいる。
放課後。
教室にはまだ何人かの生徒が残っていた。
部活動へ向かう者。
友達と話している者。
帰り支度をしている者。
それぞれが一日の終わりを過ごしている。
「じゃあね〜!」
小春が鞄を持って立ち上がる。
「部活?」
六花が聞いた。
「そー!」
「頑張って」
「小春ちゃんに任せなさ〜い」
何を任せるのかは分からない。
でも小春は満足そうだった。
そのまま元気よく教室を飛び出していく。
「相変わらずだな」
尚哉が呟いた。
「うん」
六花も笑う。
「でも小春らしい」
「それはそう」
二人は少しだけ笑った。
◇
「橘」
今度は灰原が声を掛ける。
「俺ちょっと用事あるから先帰るわ」
「おう」
「また明日な」
「またな」
灰原も教室を出ていく。
残ったのは数人だけだった。
◇
教室の時計を見る。
もう帰る時間だった。
尚哉は鞄を肩に掛ける。
その時。
「あ」
六花が小さく声を上げた。
「ん?」
「橘くんも駅の方?」
「そうだけど」
「私も」
それだけだった。
だから。
「じゃあ帰るか」
「うん」
自然にそうなった。
◇
陽の落ちきらない夕方。
二人は並んで歩く。
けれど会話はない。
気まずいわけではなかった。
何を話せばいいのか分からないだけだった。
しばらく歩く。
先に口を開いたのは六花だった。
「一色さん」
「ん?」
「今日、大丈夫かな」
「ああ」
尚哉は少し考える。
「白鷺がいたしな」
「私?」
「保健室連れてっただろ」
「まあ」
六花は苦笑する。
「でも橘くんが助けてなかったら、もっと大変だったと思う」
「そうか?」
「そうだよ」
尚哉は首を傾げた。
本気で分かっていないらしい。
六花は少しだけ笑う。
◇
「橘くんってさ」
「ん?」
「誰でも助けるんだね」
尚哉は前を向いたまま歩く。
少しだけ考えているようだった。
「別に」
やがて答える。
「なんか困ってるなら普通助けるだろ」
当たり前みたいな口調だった。
六花はその横顔を見る。
嘘を言っているようには見えない。
本当にそう思っているのだろう。
「そっか」
小さく答えた。
◇
風が吹く。
桜の花びらが一枚、目の前を横切った。
「白鷺は?」
珍しく尚哉から聞いた。
「何が?」
「なんであんなに頼まれ事引き受けるんだ?」
六花は少しだけ驚く。
昨日も似たようなことを聞かれた。
「困ってる人がいたら放っておけないから」
答える。
すると尚哉が少しだけ笑った。
「なんだ、同じじゃん」
「え?」
「俺と」
六花は目を瞬いた。
言われてみればそうだった。
「そうかも」
「そうかもな」
二人は少し笑う。
◇
駅が見えてきた。
思ったより早かった。
他愛もない話しかしていない。
それなのに。
不思議と時間が短く感じた。
「じゃあ」
尚哉が言う。
「また明日」
「うん」
六花は頷く。
「また明日」
尚哉は駅へ向かう。
六花はその背中を見送った。
変な人だと思う。
優しい人だとも思う。
でもそれだけじゃない気がした。
まだよく分からない。
分からないけれど。
今日の帰り道は、いつもと違っていた。
白鷺六花は並んでいる。




