第66話 朝比奈小春は誘っている。
昼休み。
授業終了のチャイムが鳴る。
それまで静かだった教室が、一気に騒がしくなった。
椅子を引く音。
弁当箱を開ける音。
友達を呼ぶ声。
窓の外から聞こえる運動部の掛け声。
春の昼休みは賑やかだった。
尚哉はパンの袋を開ける。
今日も適当に昼を済ませるつもりだった。
「六花ちゃーん!」
元気な声が響く。
朝比奈小春だった。
六花が顔を上げる。
「なに?」
「今度どっか遊び行こうよ〜」
「急だなぁ」
「急じゃないよ〜!」
「だって今思いついたでしょ」
「うん!」
「認めるんだ」
六花が笑った。
◇
「橘くんも行くでしょ?」
突然話が飛んできた。
尚哉はパンをかじったまま止まる。
「なんで」
「なんでって」
小春は首を傾げた。
「いるから?」
「理由になってない」
「なるよ?」
「ならない」
「なるなる〜」
小春は自信満々だった。
尚哉は諦めたようにため息を吐く。
◇
「灰原くんも行くよね?」
「おう」
即答だった。
「早いな」
尚哉が言う。
「いや、別に予定ないし」
「軽い」
「人生はフットワークだぞ」
「適当なこと言うな」
灰原は笑った。
◇
「ほら、二人も行くって」
小春が六花を見る。
「まだ何するか決まってないよね?」
「細かいことは後で考える!」
「雑だなぁ」
「勢いが大事なんだよ」
六花が苦笑する。
小春は満足そうだった。
◇
尚哉はパンを食べながら、その様子を眺める。
小春はよく喋る。
灰原は適当に乗る。
六花は困りながら笑う。
騒がしい。
でも不思議と嫌ではなかった。
◇
「そういえばさ〜」
小春が言った。
「昨日のプリントどうなったの?」
六花の動きが少し止まる。
「あー……」
「落としてたよね?」
「見てたの?」
「見てた」
「助けてよ」
「橘くんが助けてたから大丈夫かなって」
「みんなそれ言う…」
六花が苦笑する。
◇
小春は急に尚哉を見る。
「橘くん優しいよね」
「そうか?」
「そうだよ」
「別に普通だろ」
「そういうとこだよ」
「意味が分からん」
「分からなくていいの〜」
小春は勝手に納得していた。
尚哉は納得していなかった。
◇
六花が少し笑う。
昨日まではただのクラスメイト。
なのに今日は普通に話している。
不思議だなとちょっと思う。
◇
「で、結局どこ行くの?」
灰原が聞く。
「まだ決めてない!」
小春が胸を張る。
「決めてから誘えよ」
尚哉が言う。
「それは結果論!」
「違うだろ」
「違わない!」
六花が吹き出した。
灰原も笑う。
小春はなぜか誇らしげだった。
◇
昼休みの喧騒は続いている。
特別なことは何もない。
大きな出来事もない。
ただ。
くだらない話をして。
笑って。
時間が過ぎていく。
◇
尚哉はふと思った。
昨日までは。
こんな昼休みじゃなかった気がする。
理由はよく分からない。
でも。
悪くなかった。
◇
「じゃあ放課後までに考えといてね!」
小春が言う。
「何を」
「遊び先!」
「まだやるのか」
「当然っ!」
小春は笑った。
その笑顔につられるように、
六花も笑う。
灰原も肩をすくめる。
尚哉は呆れながらパンをかじる。
昼休みはまだ終わらない。
朝比奈小春は誘っている。




