第61話 白鷺六花は救いたかった。
白鷺六花は答えられない。
二人だけの教室。
夕日が窓から差し込んでいる。
机の上には未来日記。
開かれた最初のページ。
【白鷺六花は嘘をついている。】
その文字を見つめながら。
六花は小さく息を吐いた。
「……やっぱり」
尚哉が言う。
「知ってるんだな」
六花は俯いた。
もう誤魔化せないし、誤魔化したくもなかった。
ここまで来てしまったから。
「……うん」
小さく頷く。
尚哉は何も言わず、ただ続きを待っていた。
◇
「多分、信じてもらえないと思う」
六花は静かに言った。
「でも」
一度だけ尚哉を見る。
「本当のこと」
夕日が揺れる。
教室は静まり返っていた。
「私ね」
六花は言葉を探した。
何度も。
何度も話そうと思った。
けれど話せなかった。
話したこともない。
誰にも。
今まで一度も。
「同じ時間を繰り返してるの」
沈黙。
尚哉は動かない。
驚いているはずなのに。
遮らなかった。
「四月一日から」
六花は続ける。
「何回も」
「何回も何回も」
声が少し震える。
「数えるのもやめたくらい」
尚哉は何も言わない。
未来日記へ視線を落とした。
そして再び六花を見る。
その表情は。
信じているというより。
信じようとしている顔だった。
◇
「最初は」
六花は小さく笑った。
「変えられると思ってた」
助けられると思った。
未来は変えられると思った。
何度やっても。
何度失敗しても。
次こそはと。
そう思っていた。
「でも」
声が掠れる。
「駄目だった」
教室が静かだった。
「何回やっても」
「何をやっても」
「結局……」
そこで言葉が止まる。
言いたくない。
何度言っても慣れない。
何百回繰り返しても。
受け入れられない。
それでも。
「橘くんは死ぬの」
声が震えた。
「そして私は四月一日に戻るの」
◇
尚哉は黙っていた。
何も言わない。
何も言えない。
六花も分かっている。
突然こんな話を聞かされて。
すぐ理解できるはずがない。
それでも。
止まれなかった。
今まで抱えてきたものが。
溢れてしまったから。
「ごめんね…」
ぽつりと零れる。
「……」
「ごめん…」
尚哉が顔を上げる。
六花は笑おうとした。
けれど上手くいかなかった。
「私…」
視界が滲む。
「あなたを助けたかったの」
ずっと。
本当にずっと。
「助けたかった」
何度も。
何度も。
何度も。
「でも…」
声が震える。
「救え…なかった」
涙が落ちる。
机に小さな染みができた。
◇
「私…ね」
六花は俯く。
「もう駄目かもしれないって思ってた」
言ってしまった。
初めて。
今まで誰にも言えなかったこと。
「もう…諦めた方がいいのかなって」
言葉にすると。
自分が思っていた以上に苦しかった。
「期待しない方が楽だから」
何度も失うくらいなら。
最初から期待しなければいい。
そう思おうとした。
そう決めた。
それなのに。
「なのに」
六花は未来日記を見る。
黒い表紙。
見慣れたノート。
そして。
尚哉を見る。
「橘くんは」
声が震える。
「また…見つけてくれた」
未来日記を。
そして。
自分を。
「だからね」
涙を拭う。
拭っても止まらない。
「ごめん」
それしか言えなかった。
尚哉を救えなかったこと。
諦めかけていたこと。
全部。
全部込めて。
「ごめん」




