第60話 橘尚哉は信じている。
例のノートの謎は、結局何も分からなかった。
最初は誰かの悪戯だと思った。
だけど書かれている事と同じ状況が起こった。
だから、これは未来を記述した予言書のような物だと思った。
けれど。
次第にどちらも違う気がしていた。
書かれている言葉は未来を当てるためのものではなく。
もっと別の何かに思えた。
誰かの願い。
誰かの後悔。
誰かの祈り。
そんなものが滲んでいる気がした。
もちろん証拠も確証もない。
ただの直感だ。
それでも知りたい。
尚哉は事ある毎に何度もノートを開いていた。
◇
放課後。
教室には誰もいなかった。
窓から差し込む夕日が床を赤く染めている。
尚哉は一人、窓際の席に座っていた。
机の上には黒いノート。
言うなら未来日記。
最初に見つけたあの日から。
ずっと手元にある。
「……」
尚哉はノートを開く。
最初のページ。
【白鷺六花は嘘をついている。】
何度見ても意味は分からない。
だが。
最近はこの文字を見るたびに、六花の顔が浮かぶ。
頼まれごとを断れない六花。
無理をしても笑う六花。
大丈夫だと言う六花。
そして。
どこか遠くを見ている六花。
「……白鷺」
小さく呟く。
気付けば。
未来日記のことを考える時間より。
六花のことを考える時間の方が増えていた。
◇
コンコン。
教室の扉が叩かれる。
尚哉は顔を上げた。
「橘くん?」
六花だった。
呼び出した相手だから当然だ。
それでも。
なぜか少しだけ緊張した。
「急にごめん」
六花が首を振る。
「別にいいけど、どうしたの?」
「ちょっと聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」
六花は近付いてくる。
尚哉は無意識にノートへ視線を落とした。
今さらになって。
本当に見せるべきなのか、少し迷う。
だけど。
ここまで来て引き返すわけにもいかなかった。
◇
「白鷺」
「うん」
尚哉は黒いノートへ手を置く。
「これ、見てほしいんだ」
六花の視線がノートへ向く。
その瞬間だった。
六花の表情が固まる。
「……えっ?」
小さな声。
尚哉は眉をひそめた。
やはり。
何か知っている。
そんな気がした。
「これ」
尚哉は続ける。
「4月の、2年になった頃かな」
それは鮮明に覚えている。
「ここで見つけたんだ」
尚哉は教室の後ろを指差した。
窓際の席。
夕日に照らされた場所。
「誰もいない放課後に」
六花は何も言わない。
ただ。
ノートだけを見ていた。
◇
「最初は変なノートで、ヤバい物だと思った」
尚哉は笑う。
「今も変なノートだけど」
返事はない。
「ずっとこれの意味を考えてた」
「今も、全然わからないままだ」
未来日記。
予言。
偶然。
悪戯。
色々考えた。
でも。
最近は違う。
「なあ」
尚哉は六花を見る。
「これさ」
言葉を探す。
自分でも上手く説明できない。
それでも。
今はそう思うのだ。
「お前と関係ある気がするんだ」
教室は静まり返っている。
夕日の色だけが少しずつ濃くなっていく。
「……」
六花は動かない。
尚哉は小さく息を吐いた。
「だから見せた」
未来日記の謎を解きたいからじゃない。
確かめたいからでもない。
ただ。
知りたかった。
白鷺六花を。
◇
六花の指先が震えていた。
ゆっくりとノートへ伸びる。
触れる。
そして。
そっと開いた。
最初のページ。
【白鷺六花は嘘をついている。】
「……っ」
六花の肩が小さく揺れる。
尚哉は立ち上がった。
確信はない。
証拠もない。
それでも。
今なら分かる。
「なあ白鷺」
六花が顔を上げる。
夕日に照らされた瞳が揺れていた。
「やっぱり」
尚哉は静かに言った。
「お前、何か知ってるのか?」
…白鷺六花は答えられない。




