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第58話 橘尚哉は知らずに見抜いている。

 白鷺六花はよく頼られる。


 先生からも。


 クラスメイトからも。


 後輩からも。


 頼まれれば、ほとんど断らない。


 それは今に始まったことじゃない。


 入学した頃からずっとそうだった。


 だから。


 誰も不思議には思わない。


     ◇


「白鷺ー」


 放課後。


 担任が教室へ顔を出した。


「悪い、このプリント資料室まで持ってってくれないか?」


「はい」


 六花は頷く。


 担任も当然のように、


「助かる」


 それだけだった。


 まるで最初から引き受けることが決まっていたみたいに。


     ◇


「白鷺さん」


 今度はクラスメイトだった。


「これも先生に渡しといてくれない?」


「いいよ」


「ありがと!」


 笑顔。


 感謝。


 いつものやり取り。


 その様子を見ながら。


 尚哉は頬杖をついた。


「……」


 別に珍しくもない。


 いつものことだ。


 それなのに。


 なぜか気になって仕方ない。


     ◇


 放課後。


 尚哉が忘れ物を取りに教室へ戻ると。


 六花はまだ教室に残っていた。


 机の上には資料の束。


 どうやら整理を頼まれたらしい。


「まだいたのか」


 声を掛ける。


 六花が顔を上げた。


「あれ、橘くん」


「もう帰ったと思ってた」


「うん、もう少し」


 そう言って笑う。


 いつもの笑顔だった。


「それも頼まれたやつ?」


「うん」


「そっか」


 尚哉は近くの机へ腰掛けた。


 六花は作業を続ける。


 紙を揃える音だけが静かに響いた。


     ◇


「お前さ」


 不意に尚哉が口を開く。


「なに?」


「何でそんな何でも引き受けるの?」


 六花は少しだけ瞬きをした。


「何でって……」


「だってさ」


 尚哉は肩をすくめる。


「結構色々頼まれてるだろ」


「まあ」


「面倒じゃないの?」


 六花は小さく笑った。


「困ってる人がいたら放っておけないから」


 いつもの答えだった。


 自分でも何度言ったか分からない。


 誰かに聞かれれば、いつもそう答える。


 だから。


 今回もそう答えた。


「ふーん」


 尚哉は頷く。


 そして。


「それって本当のお前なの?」


 …六花の手が止まった。


     ◇


 教室が静かになる。


 窓の外から運動部の声だけが聞こえていた。


「……どういう意味?」


 六花は顔を上げる。


 笑顔だった。


 けれど。


 少しだけ硬い。


 尚哉は頭を掻いた。


「いや…」


「うん」


「何か違う気がしただけ」


「違う?」


「たまには断りたくなる時もあるだろ」


 六花は答えない。


 尚哉は続ける。


「別に悪いって言ってるわけじゃない」


「……」


「ただ」


 少し考える。


 自分でも上手く言葉にならなかった。


「無理してる時もあるんじゃないの?」


 六花は黙った。


 言葉が出てこない。


 そんなこと。


 考えたこともなかった。


 いや。


 考えないようにしていた。


     ◇


「まあ」


 尚哉が立ち上がる。


「違うならいいけど」


 そう言って机の上の資料を持ち上げた。


「え?」


「半分持つよ」


「いや、大丈夫」


「お前の大丈夫はさ、信用できない」


 六花は思わず固まる。


 尚哉は気付いていない。


 本当に何も気付いていない。


 ただ。


 当たり前みたいに資料を抱える。


「ほら」


「……ありがとう」


「どういたしまして」


 尚哉は少しだけ笑った。


     ◇


 帰り道。


 尚哉と別れた後も。


 六花の頭から離れない言葉があった。


 それって本当のお前なの?


 夕暮れの空を見上げる。


 答えは出ない。


 けれど。


 胸の奥が少し痛かった。


 橘尚哉は知らずに見抜いている。

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