↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
56/132

第56話 橘尚哉はなかなか渡せない。

 朝。


 尚哉は家を出る前に机の上を見た。


 小さなのど飴。


 昨日コンビニで買ったものだ。


「……」


 それを数秒見つめる。


 そして無言でポケットへ入れた。


 別に大した理由はない。


 …多分。


     ◇


 教室へ入る。


 六花はすでに席に着いていた。


 小春と何か話している。


 いつも通りに笑っていた。


 尚哉はポケットの中を意識する。


 のど飴。


 今なら渡せる気がした。


 と思った矢先。


「六花ちゃん聞いて聞いてー!」


 小春が勢いよく話し始める。


 …無理だった。


 尚哉は何事もなかったように自分の席へ向かう。


「おはよー橘くん」


「おう」


 小春が手を振る。


 六花も軽く会釈した。


 結局。


 そのままホームルームが始まった。


     ◇


 一時間目と二時間目の間。


 今なら。


 そう思った。


 だが六花は女子に囲まれていた。


「白鷺さんこれ教えてー」


「うん」


「ありがとう!」


 …やっぱり無理だった。


     ◇


 三時間目の後。


 今度こそ。


 だが担任に呼び止められていた。


「白鷺、説明会の件なんだけど」


「はい」


 …完全に無理だった。


     ◇


 四時間目終了。


 昼休みになった。


 尚哉は小さくため息を吐いた。


「どうした?」


 灰原が聞いてくる。


「いや、別に」


「なんか朝から変だぞ」


「気のせいだ」


「そうか?」


「そうだ」


 そう答えながら。


 尚哉はポケットの存在を意識していた。


 なんなんだこれは。


 渡すだけだろ。


 たかがのど飴だ。


 それなのに。


 妙にタイミングを考えてしまう。


 考えれば考えるほど面倒になる。


「あー……」


 思わず声が漏れた。


 そして。


 尚哉は考えるのをやめた。


     ◇


 昼休み。


 説明会二日目。


 六花は保護者対応を終えて教室へ戻ってきた。


 席に着こうとしたところで。


「あー、あのさ」


 声がした。


 振り向く。


 尚哉だった。


「橘くん?」


 尚哉は左下へ視線を逸らす。


 そしてポケットから小さな袋を取り出す。


「これ」


「ん?」


 差し出されたのはのど飴だった。


 小さな袋の可愛らしいパッケージ。


 六花は思わず瞬きをする。


「どうしたの?」


「ちょっと、間違えて買ったから」


「間違えて?」


「間違えて」


 差し出されたのど飴を受け取って、


 六花は袋を見る。


 可愛い猫のイラスト。


 どう考えても男子が間違えて買うようなものには見えない。


「…そうなんだ」


「そう」


「……」


「……」


 少しだけ沈黙が落ちる。


 尚哉は気まずそうだった。


 六花は少しだけ笑う。


「ありがとう」


「いや、別に」


 尚哉はそれだけ言うと踵を返した。


「あっ」


 六花が声をかける。


 尚哉が振り向く。


「なに?」


「その……」


 六花は小さく袋を持ち上げた。


「可愛いね」


 尚哉は数秒固まった。


「そうか?」


「うん」


「そうかもな」


 ぶっきらぼうに答える。


 そして。


「じゃ」


 逃げるように教室を出ていった。


 尚哉が去って、手元を見る…


 六花は顔を赤くして思わず口元を覆った。


     ◇


 午後。


 説明会はまだ続いていた。


 六花は案内をしながら保護者へ説明を続ける。


「こちらになります」


 自然と声が出る。


 昨日より少しだけ楽だった。


 理由は分からない。


 ただ。


 ポケットの中には小さなのど飴があった。


     ◇


 放課後。


「六花ちゃ〜ん」


 小春が不意に声をかけた。


「ん?」


「なんか今日嬉しそうだね」


「え?」


 六花の視線が泳ぐ。


「そうかな?」


「そうだよ〜」


 小春はじっと顔を覗き込む。


「なんかいいことあった?」


「別に」


「なんか怪しい〜」


「怪しくないよ」


 そう言いながら。


 六花の視線は一瞬だけ鞄へ向いた。


 小春は見逃さなかった。


「絶対なんかある!」


「ないってば」


 六花は笑う。


 小春も笑う。


 そのやり取りはいつも通りだった。


 その日の帰り道。


 六花は鞄の中から小さなのど飴を取り出した。


 猫のイラスト。


 可愛らしいパッケージ。


「……間違えて」


 小さく呟く。


 そして。


 白鷺六花は声を出さずに笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。