第54話 朝比奈小春は放っておけない。
朝比奈小春は、白鷺六花のことが大好きだった。
理由はたくさんある。
優しいところ。
話を聞いてくれるところ。
困っている人を放っておけないところ。
綺麗で可愛い美人さんなのに、笑うと少しだけ柔らかい雰囲気になるところ。
それからそれから。
たまに、ものすごく放っておけなくなるところ。
◇
「六花ちゃん!」
昼休み。
小春はいつものように六花の席へ向かった。
「今日さ、帰りにクレープ食べに行かない?」
「クレープ?」
「そう! 駅前に新しい店できたんだって!」
「そうなんだ」
六花は笑った。
いつもの笑顔だった。
「行こ行こ!」
「うーん……」
六花が少しだけ考える。
本当に少しだけ。
でも小春は、その間が少し気になった。
「あ、ごめん」
六花は申し訳なさそうに笑う。
「今日はちょっと頼まれごとがあって」
「そっかー」
「ごめんね」
「ううん、大丈夫!」
小春は笑った。
別におかしくはない。
六花が頼まれごとを引き受けるのはいつものことだ。
断らないのもいつものことだ。
だから何も変じゃない。
変じゃないはずだった。
◇
昼休みの教室は騒がしい。
誰かが笑っている。
誰かが机を動かしている。
灰原が尚哉に何かを言って、
尚哉が面倒くさそうに返している。
いつも通りの教室。
その中で。
六花は笑っていた。
友達に話しかけられて。
頼まれごとを引き受けて。
誰かの相談を聞いて。
ちゃんと笑っていた。
なのに。
小春はなぜか、気になってしまう。
「……」
ふとした瞬間。
六花が窓の外を見ていた。
校庭の桜。
青い空。
何を見ているのか分からない。
ただ。
その横顔が景色より遠くを見ているように見えた。
「六花ちゃん?」
「あ」
六花が振り向く。
「なに?」
「ううん」
小春は首を振った。
「なんでもな〜い」
「変なの」
六花は笑う。
いつものように。
小春も笑った。
でも。
胸の中に小さな引っかかりが残っていた。
◇
放課後。
六花は頼まれた資料を持って教室を出ようとしていた。
「それ重くない?」
小春が聞く。
「大丈夫だよ」
「本当に?」
「うん」
六花は笑った。
「手伝うよ」
「これくらい平気だよ」
その言い方も。
笑い方も。
いつもの六花だった。
それなのに。
小春は少しだけむっとした。
「全然大丈夫じゃないじゃん」
「え?」
「あ」
思わず言ってしまった。
小春は慌てて手を振る。
「いや、なんでもない!」
「そう?」
「そう!」
六花は少し不思議そうにしていたが、
すぐに笑った。
「じゃあ、また明日ね」
「うん、また明日!」
六花が廊下の向こうへ歩いていく。
小春はその背中を見送った。
何が変なのか分からない。
六花は笑っている。
普通に話している。
いつも通り優しい。
それでも。
なぜか。
大丈夫と言う六花が気にかかる。
◇
帰宅後。
小春はベッドに寝転がってスマホを見ていた。
クレープ屋の写真。
新作メニュー。
期間限定。
どれも美味しそうだった。
「六花ちゃんと行きたかったなー」
ぽつりと呟く。
そのままメッセージ画面を開く。
【今日疲れてた?】
そこまで打って、止まる。
「……」
消す。
【頼まれごと大丈夫だった?】
打つ。
また止まる。
消す。
「うーん」
自分でもよく分からなかった。
心配するほどのことは何もない。
六花はちゃんと笑っていた。
いつも通りだった。
それなのに。
どうしても気になる。
小春は少し考えて、
別の文章を打った。
【今度クレープ行こー!】
送信。
すぐに既読が付く。
少しして返事が来た。
【うん、今度は行こうね】
いつもの六花だった。
小春はスマホを胸の上に置く。
「……」
それでも。
何となく。
胸の奥がモヤモヤした。
理由なんて分からない。
でも。
朝比奈小春は放っておけない。




