第53話 橘尚哉は気になっている。
白鷺六花が気になった。
理由は分からない。
気になったというより。
なにか引っ掛かる。
そんな感覚だった。
◇
昼休み。
尚哉は弁当を食べながら教室の前方を見る。
「でさー」
「マジで?」
「それ絶対盛ってるでしょ」
女子たちの笑い声。
その中に六花がいた。
いつも通り。
楽しそうに話している。
笑っている。
人気者で優等生の白鷺六花。
何もおかしいところはない。
ないはずだった。
「何見てんだ?」
灰原が声をかけてきた。
「別に」
「白鷺?」
「違う」
「違わないだろ」
尚哉は無視した。
灰原は呆れたように笑う。
「相変わらずだな」
「何が」
「おまえ、結構分かりやすいぞ」
「初めて言われた」
「俺は前から言ってる」
「とにかくそんなんじゃない」
「そっか」
◇
その時だった。
「六花ー!」
女子生徒が駆け寄ってくる。
「ん?」
「ごめん、この資料職員室に持ってってもらっていい?」
「あ、いいよ」
六花はすぐに頷いた。
「助かるー!」
女子生徒は満足そうに去っていく。
だが。
その直後。
「あ、白鷺さん」
別の生徒が声をかける。
「これもお願いできる?」
「うん」
「あとこっちも」
「大丈夫だよ」
六花は笑う。
断らないし迷わない。
当たり前のように引き受ける。
その様子を見ながら。
尚哉はふと呟いた。
「あいつ、前からあんなだったか?」
「ん?」
灰原が聞き返す。
「白鷺」
「あんな感じだろ」
「そうか?」
「そうだろ」
灰原は不思議そうな顔をした。
「むしろ今さら何言ってんだ」
「……」
尚哉は答えなかった。
確かにそうかもしれない。
でも。
何かが引っ掛かる。
上手く言葉にできない何かが。
◇
放課後。
尚哉は一人で教室に残っていた。
西日が差し込む。
静かな教室。
鞄の中からノートを取り出す。
黒いノート。
最初に見つけたあの日から。
何度も開いている。
何度も読んでいる。
それでも。
答えは見つからない。
尚哉は最初のページを開く。
そこには相変わらず同じ文字。
【白鷺六花は嘘をついている。】
「……」
意味が分からない。
ずっと。
分からないままだ。
白鷺六花が嘘をついている。
何を。
どうして。
誰に。
考えても分からない。
だが。
今日の六花を見ていて。
ほんの少しだけ思った。
本当に。
あいつは大丈夫なのだろうか。
◇
教室を出る。
廊下を歩いていると。
前方に六花の姿が見えた。
両手には資料の束。
結構な量だった。
「おい」
思わず声をかける。
六花が振り返った。
「あれ、橘くん」
「それ」
資料を指差す。
「おまえの仕事か?」
六花は少しだけ首を傾げた。
「違うけど?」
「違うのかよ」
思わず言う。
六花は小さく笑った。
「頼まれただけ」
「なんで引き受けたんだ」
「困ってたから」
当たり前みたいに答える。
尚哉は少し黙った。
六花は不思議そうに見返してくる。
「なに?」
「いや」
上手く言葉にならなかった。
「別に」
六花は少しだけ首を傾げる。
そして。
「じゃあまた明日ね」
そう言って歩き出した。
夕日に照らされた背中を見送る。
その姿が見えなくなるまで、
尚哉はただそこに立っていた。
◇
帰宅後。
机の中から例のノートを取り出す。
尚哉は椅子へ腰掛ける。
そしてもう一度だけ。
最初のページを見る。
【白鷺六花は嘘をついている。】
「……なんなんだよ」
思わず呟く。
ノートのことなのか。
白鷺六花のことなのか。
自分でもよく分からなかった。
とにかく今、
橘尚哉は気になっている。




