第50話 夏祭りは人で賑わう。
夏祭り当日の夕方。
駅前は既に人で溢れていた。
浴衣姿の人々。
屋台の明かり。
祭囃子。
夏の匂い。
「六花ちゃん!」
小春が両手を広げた。
「どう!?」
くるりと一回転する。
淡い水色の浴衣。
髪には小さな花飾り。
「似合ってるよ」
六花が笑う。
「えへへ〜」
小春は満足そうだった。
「六花ちゃんもかわいい!」
「ありがとう」
「写真撮ろう!」
「まだ始まってもないのに?」
「だからだよ!」
六花は少し笑って、
小春と並んで写真を撮った。
◇
一方。
尚哉たちも祭りへ来ていた。
「すごい人だな」
尚哉が言う。
「そりゃ祭りだしな」
灰原が答える。
「一色、大丈夫か?」
「は、はい」
玲奈は少し緊張していた。
慣れない浴衣。
大勢の人が集まる夏祭り。
学校以外で友達と過ごす時間。
少し緊張しながら。
それでも、楽しそうだった。
「何か食うか?」
灰原が聞く。
「あっ」
玲奈が少し迷う。
「りんご飴……」
「かわいいな」
「えっ」
玲奈が固まった。
「いや、食いたいものが」
灰原は普通に言った。
「そういう意味じゃない」
玲奈は顔を真っ赤にした。
尚哉が吹き出す。
「灰原、お前たまにすごく天然だよな」
「なんでだよ」
三人の間に笑いが広がった。
◇
六花たちは射的をしていた。
「見て!」
小春が言う。
「取れた!」
「すごいね」
「どうしよう…わたしスナイパーの才能あるかも!」
「それはない」
「ひどい!」
六花は笑った。
本当に楽しそうに。
小春は少しだけ安心した。
最近。
六花は時々遠くを見ていた。
でも今日は違う。
ちゃんと笑っている。
だから。
誘ってよかったと思った。
◇
夜。
花火が始まる。
大きな音。
夜空を彩る光。
「きれい……」
玲奈が呟く。
「だな」
尚哉も見上げる。
隣では灰原がスマホで写真を撮っていた。
少し離れた場所では。
六花と小春も同じ花火を見上げていた。
「すごいね」
「うん」
同じ空。
同じ花火。
けれど。
二組が出会うことはなかった。
◇
花火大会終了後。
帰宅する人々が一斉に動き始める。
警備員の声。
誘導灯。
歩道橋へ続く長い列。
「うっわ……」
小春が顔を引きつらせた。
「すごい人」
「本当だね」
六花も周囲を見渡す。
人。
人。
人。
前も後ろも人だった。
◇
「離れるなよ」
灰原が言う。
「はい」
玲奈が頷く。
三人も歩道橋へ向かっていた。
人の流れは止まらない。
少しずつ。
少しずつ押される。
「す、すごいですね……」
玲奈が呟く。
その時。
後ろから人波が押し寄せた。
「あっ」
玲奈の体が傾く。
尚哉が咄嗟に玲奈の肩を引き寄せる。
「大丈夫か」
「は、はい!」
顔が近い。
玲奈は慌てて視線を逸らした。
「すみません……」
「気にするな」
尚哉は全く気付いていなかった。
「前見ろよー」
灰原が笑う。
少しだけ。
空気が和らいだ。
◇
歩道橋。
人の流れはさらに増えていく。
蒸し暑い。
前へ進まない。
立ち止まることもできない。
「六花ちゃん」
小春が言う。
「大丈夫?」
「うん」
六花は頷く。
「小春こそ」
「私は元気!」
その瞬間。
後方から強く押された。
「きゃっ」
小春がよろける。
六花は慌てて腕を掴んだ。
「大丈夫!?」
「う、うん」
人波は止まらない。
◇
一方。
尚哉たち。
再び大きな人波が押し寄せる。
「うわっ」
灰原が声を上げる。
「一色!」
「はい!」
玲奈が返事をする。
だが。
次の瞬間。
人の流れが横から押し込んできた。
「っ!」
視界が塞がれる。
人。
人。
人。
「橘!」
灰原が叫ぶ。
返事は聞こえない。
「橘!」
もう一度叫ぶ。
見えない。
人の波の向こう。
どこにもいない。
◇
「灰原くん……!」
玲奈が顔を青くする。
その時。
「痛っ」
玲奈が足を押さえた。
「どうした」
「ひねったかも……」
顔が歪む。
灰原はすぐに玲奈を支えた。
「無理するな」
「少しこの場で止まってよう」
「でも……」
「今はいい」
灰原は玲奈を人の流れから守りつつ、周囲を見渡す。
尚哉がいない。
本当にいない。
◇
歩道橋の前方。
何かがおかしかった。
人の流れが乱れている。
ざわめき。
悲鳴。
「え……?」
六花が顔を上げる。
誰かが叫んだ。
次の瞬間。
人波が大きく揺れる。
「危ない!」
警備員の怒鳴り声。
悲鳴。
押される人々。
混乱。
ざわめきは一瞬で恐怖へ変わった。
「六花ちゃん!」
小春が叫ぶ。
六花は咄嗟に小春の手を握った。
前方では何かが起きている。
けれど。
何が起きているのか分からない。
人が多すぎて見えない。
見えるのは。
混乱だけだった。
楽しいはずの夏祭りの夜は。
突然終わりを迎えようとしていた。




