第49話 朝比奈小春は夏の思い出を作りたい。
昼休み。
教室には小春と灰原、そして六花の三人がいる。
尚哉は先生に呼ばれて職員室へ。
一色玲奈は図書委員の仕事で図書室のようだ。
「暇だね〜!」
小春が机へ突っ伏した。
「昼休み始まって三分だぞ」
灰原が呆れる。
「三分もあれば暇になるよ〜」
「もはや才能だな」
「褒められた!」
「褒めてねえわ」
いつものやり取りだった。
六花も少し笑う。
すると。
小春が勢いよく顔を上げた。
「あ!」
「今度はなんだ」
「夏祭り行こう!」
灰原が吹き出した。
「急だな」
「夏だから!」
「理由になってねえ」
「なるの!」
小春は堂々としていた。
六花は苦笑する。
「確かにもうそんな時期だね」
「でしょ!」
小春は満足そうに頷いた。
「みんなで行こうよ!」
その言葉に。
六花の表情がほんの少しだけ止まった。
小春は気付かない。
灰原だけが視線を向ける。
「……」
六花は小さく息を吐いた。
そして。
「あ〜…ごめん」
静かに言う。
「その日は…行けないかも」
一瞬だけ。
空気が止まった。
「え?」
小春が目を瞬く。
「予定あるの?」
「う、うん」
六花は笑った。
「ちょっと、ね」
それ以上は言わない。
小春と灰原は僅かに視線を合わせる。
そして。
「そっかー……」
少しだけ残念そうに言った。
六花の胸が小さく痛む。
「ごめんね」
「ううん」
小春は首を振った。
そして。
「じゃあ私も行かなーい!」
「はぁ?」
灰原が即座に言った。
六花も目を見開く。
「なんで!?」
「だって六花ちゃんいないし!」
「いやいや」
六花は慌てる。
「私のことは気にしなくていいから」
「でもなー」
「みんなで行ってきなよ」
本心だった。
小春まで遠慮する必要はない。
「うーん」
小春は腕を組む。
真剣に悩んでいるようだった。
そして。
「わかった!」
六花が少し安心する。
「それも考えとく!」
「本当に?」
六花が言う。
「そうだね!」
「ごめんね」
「大丈夫だよ〜」
小春は笑顔で言う。
六花は少し申し訳ない顔をする。
灰原はそれを見て、
「じゃあ俺はあとで尚哉と一色に声かけてみるわ」
灰原と小春の目が、また一瞬合った。
◇
その後。
灰原は尚哉と玲奈に夏祭りの誘いをかける。
「なんかあったのか?」
尚哉が聞く。
「夏祭りいかねえか」
灰原が答える。
「…まあ、いいんじゃないか」
「だが白鷺と朝比奈は予定あって行けないらしい」
尚哉の動きがほんの少し止まった。
「そうなのか」
「お前らのいない時にこの話が出てな」
灰原は言う。
「だから」
灰原が口を開く。
「俺と橘と一色で行くか」
「えっ」
玲奈が驚く。
「わ、わたしもですか?」
「嫌か?」
「いえ!」
玲奈は慌てて首を振った。
「その……嬉しいです」
少し照れたように笑う。
「本当は皆さん一緒がいいですけど」
「夏祭りは…行ってみたいです」
玲奈が赤くなる。
「尚哉はどうだ」
「ああ、一色もこう言ってるからな」
尚哉はそう言った。
その通りだった。
予定があるなら仕方ない。
3人でも全然嫌じゃない。
それなのに。
なぜだろう。
少しだけ心にもやがかかるような。
尚哉はこの複雑な感情を持て余していた。
◇
夏祭り前日の放課後。
昇降口。
「六花ちゃん」
小春が呼び止める。
「ん?」
「やっぱりさ…」
小春は少しだけ真面目な顔をした。
「夏の思い出作りたい」
六花は黙る。
「だから」
小春は笑った。
「わたし、六花ちゃんと行きたい!」
まっすぐだった。
本当に。
「小春……」
「二人で行こうよ!」
六花は目を伏せる。
夏祭り。
本当は行きたい。
小春とも。
思い出を作りたい。
でも。
断った。
そのはずだった。
けれど。
小春と二人なら。
それなら。
「……」
少しだけ考える。
そして。
六花は小さく笑った。
「じゃあ」
「うん!」
「一緒に行こうかな」
一瞬の沈黙。
次の瞬間。
「やったー!」
小春が飛び跳ねた。
「六花ちゃんだいすき!」
「ちょっ」
勢いよく抱きつかれて、
六花は思わず笑った。
◇
帰宅後。
部屋。
机の上には猫のぬいぐるみ。
六花はベッドへ腰掛ける。
スマホを見る。
小春からのメッセージ。
【夏祭り楽しみー!】
思わず口元が緩む。
本当に。
小春らしい。
小春と一緒に行く夏祭り。
きっと楽しい。
そう思う。
六花はスマホの画面を閉じた。
そして。
静かに目を伏せる。
祭りの前の夜は。
静かに過ぎていった。




