第4話 一色玲奈は泣いている。
翌朝、尚哉は登校すると同時に、一つの名前を探していた。
一色玲奈。
例のノートに書かれていた名前。
正直、聞き覚えはない。
少なくとも同じクラスにはいない。
自分の席へ座りながら教室を見回す。
いない。
教室には知った顔しかいない。
「ん?何探してんだ?」
灰原が聞いてくる。
「いや、別に」
尚哉は答えた。
説明するのは少し面倒だった。
「怪しいなぁ」
「お前にだけは言われたくない」
「ひでぇ」
灰原が笑う。
尚哉はそれ以上答えなかった。
ノートのことは誰にも話していない。
話したところで信じてもらえるとも思わなかった。
◇
昼休み。
尚哉は職員室前の掲示板を見ていた。
クラス名簿が貼ってある。
そこには学年全員の名前が載っている。
「いた」
一色玲奈。
四組。
隣のクラスの同級生だった。
だが。
それ以上は分からない。
名前だけ。
ただそれだけだった。
尚哉は少しおかしいと思った。
自分はなぜこんなことをしているのか。
知らない相手だ。
関係もない。
なのに、気になった。
あのノートのせいなのか。
それは、確かにある。
単なる好奇心?
尚哉自身にも分からなかった。
◇
放課後。
尚哉は珍しく寄り道をした。
行き先は図書室だった。
理由はない。
いや。
ないわけではない。
自分でも、うまく説明できない。
◇
図書室はとても静かだった。
紙の匂い。
ページをめくる音。
その奥で。
一人の女子生徒が本を読んでいた。
眼鏡。
華奢で小柄な体型。
どこか儚げな横顔。
胸元の名札には。
一色
と書かれていた。
尚哉は足を止める。
その時。
彼女が本から顔を上げた。
視線が合う。
驚いたように目を瞬かせる。
そして。
すぐに目を逸らした。
それは、
人と目を合わせることに慣れていない印象だ。
「……」
尚哉は何も言わなかった。
彼女も何も言わない。
ただ。
ノートの一文を思い出す。
【一色玲奈は泣いている。】
しかし少なくとも、
今、泣いているようには見えなかった。
そんな事を考えていた間に、
一色玲奈が席を立った。
借りるつもりなのだろう。
数冊の本を抱えて歩き出す。
だが。
「あっ」
小さな声。
抱えた本が一冊、床へ落ちた。
続いてもう一冊。
慌てた拍子にさらに一冊。
尚哉は無意識に一歩踏み出す。
そして近付いて本を拾う。
「あ……」
玲奈が一瞬固まる。
「はい」
拾った本を差し出す。
「……あ、ありがとうございます」
鈴のような綺麗な声だ。
ただ、消え入るような小さな声だった。
図書室でなければ聞き逃しそうなくらい。
彼女は慌てて本を受け取った。
ただそれだけ。
それだけの会話だった。




