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第39話 白鷺六花は少し笑った。

 ショッピングモールへ入った瞬間。


 朝比奈小春は迷いなく走り出した。


「あったー!」


「ちょっと待て」


 尚哉が即座に言う。


「施設内を走るな」


「まだ走ってないもん!」


「今走ってただろ」


「ギリ早歩きの範囲!」


「どこがだよ」


 小春は全く反省していなかった。


 そのまま一軒の洋服屋の前で立ち止まる。


「よーし」


「何がだよ」


「橘くん改造計画だ!」


 尚哉は嫌な予感しかしなかった。


     ◇


「これ!」


 小春が服を持ち上げる。


「絶対似合うよ!」


「着ない」


「なんで!?」


「恥ずかしいし、おまえのセンスはだいぶ怪しい」


「ひどーい!」


 小春が抗議する。


 だが。


「私も似合うと思うけどな」


 六花が言った。


 尚哉が振り返る。


「えっ、白鷺まで言うのか」


「だって似合いそうだよ」


 楽しそうだった。


 その隣で。


 玲奈も遠慮がちに口を開く。


「あの……」


「ん?」


「わ、わたしも……似合うと思います」


「げっ、増えた」


 尚哉が呟く。


 灰原が吹き出した。


「三対一だな」


「多数決やめろ」


「民主主義だから」


「意味が分からん」


 結局。


 半ば押し切られる形で試着室へ追い込まれた。


     ◇


「おおー!」


 小春が拍手した。


「いいじゃん!」


「普通だろ」


「普通が一番難しいんだよ!」


 完全に尚哉はおもちゃにされていた。


 六花も笑う。


「うん、似合ってる」


「素敵だと思います……」


 玲奈も頷いた。


 尚哉はため息を吐く。


 灰原だけが楽しそうだった。


「写真撮っとく?」


「やめろ」


「記念に」


「やめろ」


     ◇


 次に入った雑貨屋で。


 小春は再び何かを見つけた。


「あっ!」


 嫌な予感しかしない。


「見て見て!」


 手に持っていたのは伊達メガネだった。


「これで、かしこかわいいメガネ女子だよ!」


 勢いよく装着する。


 数秒の沈黙。


 そして。


「全然バカそう」


 灰原が言った。


「ひどーい!」


 小春が叫ぶ。


「今即答だったよね!」


「まあ感想だからな」


「もっとオブラートに包んで!」


「包んだぞ」


「包めてないよ!」


 六花が笑う。


「小春似合ってるよ」


「ほんと!?」


「うん」


「やったー!」


 単純だった。


 玲奈が小さく笑う。


「ふふ……」


「一色さんもかけてみる?」


 小春が聞く。


 玲奈は首を傾げた。


「え、わたし……ずっとメガネかけてます」


「あっ」


 全員が吹き出した。


 小春だけが真っ赤になる。


「わ、分かってたもん!」


「嘘つけ」


 尚哉が言った。


「ちょっと忘れてただけだもん!」


 言い訳になっていなかった。


     ◇


 ゲームセンター。


「この獲物をわたしは取る!」


 小春が宣言した。


 狙いはウサギのキャラのキーホルダー。


 一回目。


 失敗。


 二回目。


 失敗。


 三回目。


 失敗。


「むむむ…何かがおかしい……」


「下手なだけだろ」


 尚哉が言う。


「そんな〜!」


「現実だ」


 小春は悔しそうだった。


「あと一回!」


「もうやめとけ」


「ぐぬぬ。あと一回!」


「こりゃ依存症予備軍だな」


 灰原が言う。


 六花が肩を震わせる。


 玲奈も口元を押さえていた。


「笑ってる!」


 小春が抗議する。


「みんな笑ってる!」


「だって小春面白すぎ」


 六花が言う。


 その顔は本当に楽しそうだった。


 そして結局。


 見かねた灰原が代わりに挑戦し。


 一発で取った。


「ファッ!?うそでしょ!?」


「お前が下手くそなだけだ」


「ひどーい!」


 今日だけで何回目か分からない台詞だった。


     ◇


 気付けば夕方だった。


 フードコート。


 それぞれ飲み物を持って席へ座る。


「いやー楽しかったー!」


 小春が机に突っ伏した。


「まだ終わってないだろ」


 尚哉が言う。


「気分!」


「便利な言葉だな」


 灰原が笑う。


 六花も笑う。


 玲奈も笑う。


 その時だった。


「すみません」


 知らない女性が声を掛けてきた。


 五人が顔を上げる。


「少しお時間いいですか?」


 女性は人懐っこく笑った。


「皆さん高校生ですよね?」


 小春が首を傾げる。


「そうですけど?」


「実は写真スタジオの企画で」


 女性は名刺を差し出した。


「青春をテーマにした展示用の写真を募集しているんです」


 そして。


 五人を見渡して言った。


「もしよければ、皆さんを撮らせてもらえませんか?」


 小春の目が輝いた。


「面白そう!」


 小春が即答した。


「いやいや待て待て」


 尚哉が言う。


「まだ何も聞いてない」


「でも面白そうじゃ〜ん!」


「その理屈だけで生きてるよな」


「生きる!」


 堂々としていた。


 灰原が吹き出す。


「まあ記念にはなるんじゃね?」


「灰原も!?」


「せっかくだからな」


 六花も少し考えて。


「私はいいよ」


 そう言って笑った。


「一色さんは?」


「えっ」


 突然話を振られた玲奈が固まる。


「わ、わたしですか……?」


「そう!」


 小春が身を乗り出した。


「みんなで撮ろうよ!」


「その……」


 玲奈は戸惑う。


 写真。


 それも知らない人に撮られる。


 今までなら絶対に断っていた。


 けれど。


 周りを見る。


 小春。


 灰原。


 六花。


 尚哉。


 四人とも自然な顔をしていた。


「……だ、大丈夫です…」


 小さく答える。


 女性スタッフが嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます!」


 こうして。


 五人は写真スタジオへ向かうことになった。


     ◇


 スタジオはショッピングモールの一角にあった。


 白を基調にした明るい空間。


 照明。


 背景。


 カメラ。


 普段縁のない場所だった。


「すごいすごーい!」


 小春だけは完全にはしゃいでいた。


「なんか芸能人みたい!」


「お前は全然違うけどな」


「ひどいよ!」


 灰原が笑う。


 六花も笑う。


 玲奈も少しだけ笑った。


 スタッフが言う。


「そんなに身構えなくて大丈夫ですよ」


「自然な感じでお願いします」


「自然?」


 小春が首を傾げる。


「自然って何?」


「知らん」


 尚哉が言った。


「お前が聞くな」


     ◇


 最初の数枚はぎこちなかった。


 全員並ぶ。


 笑う。


 カメラを見る。


 それだけなのに難しい。


「んー、硬いですねー」


 スタッフが苦笑した。


「もっといつも通りで大丈夫ですよ」


「いつも通り?」


 小春が首を傾げる。


 その瞬間。


 灰原が言った。


「小春」


「なに?」


「口閉じろ」


「えっ」


「ずっと開いてる」


「うそ!?」


 慌てて口を押さえる。


 その様子に。


 全員が吹き出した。


 カシャ。


 シャッター音が響く。


「いいですね!」


 スタッフが言う。


「今です!」


「今なの!?」


 小春が叫んだ。


 さらに笑いが広がる。


     ◇


 それからは自然だった。


 小春が話す。


 灰原が突っ込む。


 尚哉が呆れる。


 玲奈が笑う。


 六花も笑う。


 カメラはその瞬間を切り取っていく。


 誰もポーズを取らない。


 誰も格好つけない。


 ただ。


 五人で話しているだけだった。


「はい、少し近付いてください」


 スタッフが言う。


 自然と肩が触れる距離になる。


「近い近い!」


 小春が騒ぐ。


「お前動くな!」


「だって〜!」


 また笑い声。


 カシャ。


 カシャ。


 カシャ。


 シャッターが続く。


     ◇


「どうもありがとうございました!」


 撮影が終わる。


 スタッフが深く頭を下げた。


「すごく良い写真が撮れました!」


「ほんとですか?」


 小春が嬉しそうに聞く。


「はい」


 スタッフは頷く。


「皆さん、本当に仲が良いんですね」


 一瞬だけ。


 五人は顔を見合わせた。


 そして。


 誰からともなく笑った。


 仲が良い。


 そう言われるのは。


 なんだか少し照れ臭かった。


     ◇


 一同スタジオを出る。


 夕暮れの光がガラス越しに差し込んでいた。


「あー楽しかったー!」


 小春が両手を上げる。


「今日何回目だ」


 尚哉が言う。


「数えてない!」


「嘘つけ」


「ほんとだもん!」


 灰原が笑う。


 玲奈も笑う。


 そして。


 六花も。


 少し笑った。


 肩の力が抜けたような。


 心から零れたような。


 本当に小さな笑顔だった。


 それを見て。


 尚哉は少しだけ安心した。


 理由はない。


 分からないけれど。


 とにかくその笑顔を見られて安心した。


 なんとなく…そう思った。

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