第33話 橘尚哉は死ぬ。
灰原は燃え盛る校舎から飛び出した。
激しく咳き込む。
煙を吐き出す。
腕の中にはキャリーケース。
三匹の子猫が入っている。
「灰原!」
教師達が駆け寄ってきた。
「無事か!?」
「無茶しやがって!」
「大丈夫…です!」
灰原は息を切らしながら答えた。
キャリーケースを抱き締める。
三匹とも無事だった。
◇
「灰原くん!」
六花が駆け寄る。
顔色は真っ青だった。
「橘くんは!?」
灰原は振り返る。
燃える校舎を見る。
「反対側だ!」
叫ぶ。
「上から崩れてきて同じルートで出られなくなった!」
「嘘……」
「別ルートで脱出してくる!」
灰原は言った。
「だからあいつは大丈夫だ!」
そう言った。
そう言いながら。
とてつもない不安に襲われていた。
◇
六花は校舎を見つめる。
煙。
炎。
赤く染まった窓。
「……」
立ち尽くす。
言葉が出ない。
震えが止まらない。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
「いやぁぁぁぁーっ!」
六花は絶叫する。
何度も。
何度も。
何度も見た。
もう嫌だ。
◇
一方その頃。
尚哉は走っていた。
煙が濃い。
全然前が見えない。
喉が痛い。
息が苦しい。
よろめきながらそれでも走る。
出口を探して階下へ降りる。
生きて出るために。
◇
「っ……!」
咳き込む。
壁に手をつく。
視界が霞む。
熱い。
苦しい。
それでも。
足を止めるわけにはいかなかった。
◇
その時ふと、
思い出す。
「……裏口」
用務員が使う搬入口。
普段はほとんど使われない。
職員室の近く。
一階の奥。
昇降口より近い。
「……!」
尚哉は顔を上げた。
そっちだ。
◇
煙の中を進む。
壁を伝う。
咳き込む。
衣服で口と鼻を覆った。
そして。
見つけた。
銀色の金属扉。
「……あった」
思わず呟く。
助かった。
本気でそう思った。
◇
ドアノブを掴む。
回す。
開かない。
「……え?」
もう一度回す。
開かない。
力を込める。
開かない。
◇
鍵が掛かっていた。
◇
「は……?」
尚哉は呆然とした。
もう一度。
回す。
開かない。
叩く。
開かない。
「おいおい……」
笑いそうになる。
そんな馬鹿な。
そんな。
◇
背後で炎が揺れた。
煙が流れてくる。
さっきより濃い。
気分も悪くなってくる。
「っ……!」
肺が苦しい。
息が吸えない。
◇
戻ろう。
そう思う。
だが。
振り返った瞬間。
分かった。
無理だ。
煙が濃すぎる。
炎も近い。
もう、どちらへ行けばいいのかも分からない。
◇
「……くそっ」
壁に手をつく。
手に力が入らない。
膝が揺れる。
視界が暗くなる。
◇
その時だった。
頭の中に。
あの文字が浮かんだ。
例のノート。
最後のページ。
ずっと気になっていた言葉。
何度も考えた言葉。
誰なのか分からなかった言葉。
灰原だと思っていた言葉。
違った。
違ったのだ。
◇
【彼は今回も死ぬ。】
◇
「……そっか」
尚哉は小さく呟く。
◇
「……俺か」
◇
不思議なくらい。
すんなり納得してしまった。
今さらだった。
本当に。
今さらだった。
◇
未来は変えられると思っていた。
玲奈を救えた。
ノートに書かれた予言だって変えられた。
だから。
これも変えられると思っていた。
◇
でも。
変わらなかった。
◇
膝をつく。
呼吸が苦しい。
視界が滲む。
意識が遠のく。
◇
ふと。
六花の顔が浮かんだ。
◇
あいつ。
ずっと変だったよな。
◇
眠れなくて。
笑えてなくて。
楽しめなくて。
安心できなくて。
◇
なんでそんな顔をしていたんだろう。
なんで。
そこまで怯えていたんだろう。
そして。
ノートの最初の一文が浮かぶ。
◇
【白鷺六花は嘘をついている。】
◇
「……白鷺六花」
意識が揺れる。
音が遠い。
煙の臭いも。
熱も。
少しずつ消えていく。
◇
教えてくれよ。
その嘘のこと。
最後に。
そんなことを思った。
橘尚哉は死ぬ。




