第31話 灰原陸は諦められない。
火事だ!
その言葉が広がった瞬間。
校庭の空気は一変した。
悲鳴。
ざわめき。
走り出す生徒達。
教師達の怒号。
「落ち着け!」
「校舎には近付くな!」
「避難しろ!」
文化祭の余韻は一瞬で消えた。
その場にいた誰もが混乱していた。
◇
「え…火事……?」
玲奈が呟く。
顔が青ざめていた。
小春も笑っていない。
「うそ…なんで……?」
誰も答えられない。
尚哉は校舎を見上げる。
二階で黒煙が上がっている。
嫌な汗が流れた。
そして。
頭の奥で。
あの文字が浮かぶ。
【彼は今回も死ぬ。】
「……っ」
胸騒ぎがした。
◇
六花は立ち尽くしていた。
来た。
そう思った。
だけど。
分からない。
何が起きるのか。
どこで。
どうやって。
分からない。
ただ。
絶対に良くない未来が始まったことだけは分かった。
◇
「灰原!」
実行委員の男子が駆け寄ってきた。
顔色が悪い。
「まずい!」
「何が」
「猫!」
一瞬だった。
灰原の表情が固まる。
「……は?」
「譲渡会の教室!」
「撤収終わってなかったのか!?」
「他は終わった!」
男子生徒が叫ぶ。
「でもお前んとこの三匹がまだ――」
その先は言わなくても分かった。
◇
三匹。
茶トラ。
キジトラ。
ハチワレ。
文化祭で預かっていた子猫達。
実家の動物病院から借りてきた猫達。
文化祭終了後。
自分が連れて帰るはずだった。
◇
「おい……」
尚哉も気付いた。
灰原を見る。
灰原は校舎を見ていた。
煙。
炎。
教師達。
混乱。
全部見えている。
危険だと分かっている顔だった。
◇
「灰原」
尚哉が呼ぶ。
返事は無い。
「おい」
もう一度呼ぶ。
灰原は小さく息を吐いた。
「……残ってるんだよ」
独り言みたいだった。
「何が」
「猫」
短く答える。
それだけだった。
◇
「やめろ」
尚哉は言う。
「先生が行くだろ」
「分かんねえ」
灰原が答える。
「でもあそこにいる」
「だからって!」
「俺が連れて来た」
灰原は言った。
静かだった。
怒鳴りもしない。
ただ。
当たり前の事を言うみたいに。
「俺が連れて来たんだ」
◇
「危険だから近付くな!」
教師の声が飛ぶ。
消防にも連絡が行っていた。
大人達が動いている。
正しい判断だ。
それは分かる。
灰原も分かっていた。
◇
「もう無理だろ……」
誰かが言った。
その言葉に。
灰原は少しだけ目を伏せた。
そして。
笑った。
困ったように。
諦めの悪い顔で。
「無理かどうかは」
小さく呟く。
「行ってみねえと分かんねえだろ」
◇
六花の顔色が変わった。
尚哉も。
小春も。
玲奈も。
何かを察した。
「灰原」
尚哉が言う。
だが。
灰原はもう校舎を見ていた。
◇
「……悪いな」
誰に向けた言葉だったのか。
分からない。
次の瞬間。
灰原は走り出した。
「おい!」
尚哉が叫ぶ。
「灰原!!」
振り向かない。
一切止まらない。
炎の上がる校舎へ向かって。
一直線に。
走っていく。
灰原陸は諦められない。




