第29話 白鷺六花は安心できない。
文化祭は大盛況だった。
模擬店には長い行列。
展示にも人が集まる。
校内は朝からずっと賑やかだった。
誰もが充実した時間を過ごしている。
まさしく文化祭は成功していた。
◇
「クレープ二個目〜!」
小春が嬉しそうに言う。
「…冗談だろ」
尚哉は目を丸くする。
「なぜなら文化祭だから!」
「もはや、なんとでも言えるな」
「いえす!」
親指を立てる。
玲奈が思わず吹き出す。
六花もつられて笑った。
周囲も笑う。
本当に楽しい時間だった。
そう見えた。
◇
午後。
玲奈は校内を見て回っていた。
「すごいですね」
何度目か分からない言葉を呟く。
「今日それ何回目だ?」
尚哉が聞く。
「えっと……」
玲奈は少し考えた。
「分かりません」
「そうだな」
尚哉が笑う。
玲奈も笑った。
少し暗く陰気に見えた印象はもうどこにも無い。
少し前の玲奈からは想像できないくらい。
眼鏡の奥の笑顔は、前よりずっと柔らかくなっていた。
◇
六花はそんな二人を見ていた。
玲奈は楽しそうだった。
尚哉も楽しそうだった。
小春も。
灰原も。
みんな。
文化祭を楽しんでいる。
だからこそ。
胸の奥がざわつく。
時計を見る。
午後三時十二分。
まだだ。
何も起きていない。
◇
その頃。
灰原は相変わらず忙しかった。
「灰原君ー!」
「はいはい」
「猫ちゃん見てもいいですか?」
「どうぞ」
三匹の子猫は相変わらず人気だった。
来場者も多い。
譲渡会も順調。
大きな問題は何もない。
「大成功だな」
実行委員の男子が言った。
「まだ終わってねえよ」
灰原が答える。
「もう終わったようなもんだろ」
「最後まで分かんねえだろ」
そう言いながらも。
灰原は少し誇らしげに笑っていた。
◇
夕方。
文化祭終了のアナウンスが流れる。
校内から自然と拍手が起きた。
大成功。
そんな言葉が似合う一日だった。
「終わったね〜」
小春が言う。
「いやぁ疲れた〜」
「お前は遊んでただけだろ」
尚哉が言う。
「失礼な!そうだけど!」
「いやそこは否定しろよ」
尚哉がツッコむ。
そのやり取りに。
また笑いが起きた。
◇
尚哉はふと空を見上げた。
夕暮れだった。
後夜祭までもう少し。
花火も上がる。
きっと楽しい夜になる。
そう思う。
そして。
一瞬だけ。
あの文字が頭をよぎった。
【彼は今回も死ぬ。】
「……」
尚哉は小さく眉をひそめる。
だが。
すぐに首を振った。
今日一日。
何も起きなかった。
もう、
大丈夫だろう。
◇
校庭には少しずつ人が集まり始めていた。
後夜祭。
花火。
みんな楽しみにしている。
楽しそうな声が聞こえる。
笑い声が聞こえる。
文化祭はまだ終わっていない。
六花は時計を見る。
午後五時四十七分。
また見る。
数分後にまた見る。
落ち着かない。
嫌な予感が消えない。
何が起こるかなんてわからない。
だけど。
何かが起きる。
そんな気がしてならなかった。
校庭から歓声が上がる。
後夜祭が始まろうとしていた。
みんな笑っている。
六花だけが。
いまだ安心できなかった。
白鷺六花は安心できない。




